きみの春を知りたい。

4/10
前へ
/10ページ
次へ
渡辺くんの言うことは、本当にその通りで。 変に勘繰って、渡辺くんが嫌な思いをしたとばかり考えていたけど、そうじゃないかもしれないんだ。 「……さっき、渡辺くんが行こうって言ったとき、動かなかったよね。何考えてるのかわからなくて、わたしも動かなかったんだけど、あの人たちが出てきて、嫌だったのかなって。早く動けば良かったかなと思って、それで……つい、謝っちゃった」 渡辺くんのしたいことがわからない、なんて、本人に言いたいわけじゃない。 察する力がなくてごめんねってまた謝るのが嫌で、ぜんぶ、素直に告げた。 「そういうこと……か」 中途半端に離れた手を彷徨わせながら、渡辺くんは耳にかかっていたイヤホンを外した。 それは、耳に入っているのではなくて、耳の上に引っ掛けるようにして乗せられていただけだってことに、渡辺くんが横髪をかき分けたときに気がついた。 「相沢さんと、隣を歩いてみたいと思ったから待ってたんだ。言わなくてごめん」 横髪につられて前髪が揺れた。 奥二重の奥に埋まるガラス玉になにが映っているのかさえわからないのに、渡辺くんを知った気でいたことに、情けないような惨めなような、彼に何も押し付けることなく、ただ自分が恨めしかった。 「手、繋ごうか」 「……うん」 指先の柔らかいところよりも少しだけはみ出した爪が、わたしの指の隙間に触れる。 曲がり角の向こう側から近付いてくる喋り声から逃げ出すように、どちらからともなく、しっかりと手を握り合って、ほんの少しだけ足早に昇降口へ向かった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加