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でも、さすがにこんな人の多い改札なんかで、『センセイ』にそんなことできるわけもない。誰が見てるかわかんないし。
「ん? なにがー?」
平静を装って返したけど、いつもより声がワントーン高い気がする。胸が妙に息苦しい。
「どうして、抱きしめたり、するの?」
……知らない。
だってこんなこと、どんな女にもしたことないし、したいと思ったこともない。夜道の一人歩きを心配したこともなければ、将来のことを真面目に話したこともない。
自分から手も繋いだことなかったし。セックスに持ち込む目的以外で、抱きしめたこともない。
なのに。なんでみくちゃんにだけ……。
「そんなの、俺が聞きてーよ……」
気づいたらそんな情けない台詞を吐いていて、もうどうしたらいいかわかんなくなって。
「じゃあね、ばいばい」
「え?」
慌ててみくちゃんを解放して、俺は逃げるように踵を返した。
「あっ……て、寺島くん! ありがとう。あの……また明日!」
背中に刺さるみくちゃんの声に、振り向かずに手だけ振り返した。女なんて慣れ過ぎてて、今更何したってドキドキすることもない。
なのに。
……意味わかんねー。なんで俺、こんな余裕ないの?
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