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「て、寺島くん、手を、手を離しなさい! ひっぱるのはやめて!」
もつれそうになる口を必死に動かして、抗議すると、ようやく立ち止まって振り返った。予想どおり、ひどく不機嫌そうな表情。
「は? なに?」
「なにって……。手を離して!」
「やだ」
あっさりそう答えた口調は淡々としているのに。わたしをみる瞳はひどく熱を帯びていて、思わず息を飲んでしまう。
数秒みつめあったあと、視線を断ち切るように、ぷいっと前をむき、またずんずん歩き出してしまうから。引っ張られるまま、行くしかない。
人気がない西校舎まできて、ようやく彼は立ち止まった。
目の前には美術準備室。
以前教室だったその部屋は、東校舎が増築されてからあまり使われることがなくなり、準備室という名前のモノ置きになっている。
寺島くんが迷いなく扉をあける。カーテンがひかれ、薄暗い部屋からは古い絵具の匂いが微かにした。
わたしを強い力で部屋にひきいれると、ドアをぴしゃりと締めた。
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