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親父は厨房で仕込み中。母親は本日のオススメを書いた黒板を持ったまま店の外から戻ってこないから、多分掃き掃除中だ。
電球が入った箱をテーブルに置いて、はいはいと独りごちながらレジカウンターへ。この時間だから、恐らく予約の電話だろう。メモとボールペンを用意して受話器に手をかけた。
「お電話ありがとうございます。trattoria Tera でございます」
じぶんちだけど、何度口にしても舌を噛みそうな名前だ、と苦笑いしながら電話に応じる。
「……あ、お世話になっております」
少し慌てたような、緊張したような、高くか細い声。心臓がドクン、と音を立てる。たったひとことで、誰だかわかってしまったから。
「突然のお電話申し訳ありません。わたくし、奏太くんの担任の小鳥遊と申します」
「はい」
情けない俺は「はい」を返すのが精一杯だ。なんで電話なんか……。戸惑いながらも死ぬほど嬉しくて、けどどうしたらいいかわからない。
「実は、奏太くんから進路について相談を受けてまして。奏太くんご本人と少しお話したいんですけれど、いらっしゃいますか?」
みくの方は俺に気づいていない。まさか俺が出るとも思ってないんだろう。つまり親父だと思われているってことか。
──どうする?
このまま親父のフリして、居留守を使えなくもない。だけど……。
きっとこれは、馬鹿でガキな俺に神様がくれたラストチャンスだ。
大きく息を吸い込んで。
「……みく」
名前を口にしただけで、愛おしさと切なさで胸がきゅうきゅう締め付けられた。
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