五 一寸法師

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五 一寸法師

 玄関を開けると「おかえり!」という、いつもの元気な声が廊下に響いた。「ただいま」と返すと、俺はリビングの扉を開けた。丁度香澄が廊下に出ようとしていたところらしく、俺の脚に激突する。  香澄は後ろにひっくり返ったのもつかの間、ぴょこりと起き上がると、「音読やって!」と言った。  小学二年生というと、基本的な読書念術を詰め込められる時期だ。俺が小学生のときは、ただただ先生が黒板に書く堅苦しい文章をノートに写すだけだった。それが今は、とにかく楽しく、実際に物語を読んで練習する方針に変わったらしい。実際香澄も、読書念術を使うのが楽しくて仕方がないようだ。  俺は鞄をソファーに放り投げると、はいはいと言って机の上の音読ノートを手にとった。ページを開くと、タイトルの欄に『一寸法師』と書かれていた。香澄は小さくジャンプしながら教科書を持ってくると、大きく息を吸い込んだ。 「むかし、むかし、あるところに、子どものいないおじいさんとおばあさんがいました。あるとき、ふたりは小さな男の子を……」  俺は数ある点数の欄に、適当に点数を書き込んだ。宿題がこれだけならさぞ楽だろうなと、俺は漠然と思った。  俺はあくびを噛み殺しながら、ぼんやりと辺りを見回した。すると、リビングの扉に取り付けられた細長いガラスに人影が見えた。 「秀一か?」  俺は香澄の音読テストを一旦中断し、声を上げた。しかし扉が開けられる気配はない。俺は小走りで扉を開け、玄関でかがんでいる秀一に話しかけた。 「おい、秀一、どこ行くんだ?」 「ああ、いや、ちょっと買い物」  秀一は振り向くと、目を泳がせながら言った。すぐ脇にはコンビニの袋が置かれている。その中には何やら黒いものが入っているようだ。秀一は俺の視線に気付くと、慌てた様子で「まあ、そういうこと。じゃあっ」と言い、袋を抱えて玄関を飛び出して行った。  俺はしばらく首を傾げて考えたあと、まあいいか、と思い回れ右をすると、リビングの扉を開けた。その瞬間、喉の奥に何か違和感を覚えた。  
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