十六 読書文明人の侵略

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十六 読書文明人の侵略

 俺と館長は、科学文明の世界の出版社にいた。こっちの世界の俺に頼んで、特別にプライベートルームを用意してもらったのだ。俺はパイプ椅子に座って、身を固くしていた。目の前には、錦さんと、俺がいた。  もちろん、玄関で初めて科学文明の世界の俺と顔を合わせたときには、その場は軽くパニック状態になった。さらに、科学文明の世界の美智代と香澄がリビングから出てきたことで、さらに大混乱に陥った。  だが、館長と俺で落ち着いて事情を説明すると、俺は多少驚いた様子だったが、すぐに話を分かってくれた。美智代の方も、その数倍の時間を要したが、なんとか受け入れてくれた。それだけでなく、本を出すという案にも乗ってくれたのだ。 「『読書文明』か……。おもしろいね。ぜひ、書かせてくれ。たまにはこういうのも悪くないだろう」  この世界の俺は、俺自身に比べてかなり威厳があった。それだけでなく、常ににこにこしていて、なんだかとても幸せそうだった。彼は玄関で初対面したときも、香澄をおんぶしていた。それを見て俺は、言いようのない劣等感に駆られたのだった。 「だけど、本で念術を使うなんて、かっこいいね。魔導書を操る魔法使いみたいなものなのかな?」  錦さんは陽気に話す。彼が標準語を使っているのは少し気味が悪かった。その後も俺達は本の打ち合わせという形式で、ある意味本来の目的である、お互いの世界の情報交換をした。 「俺には科学文明の俺の方が輝いて見えます」  本心だった。こちらの世界を見てみると、正直、読書念術のある世界の方が便利だとは思う。しかし、俺達はその便利さを代償に、大事なものを失っている気がした。 「科学文明の、か」 錦さんはそう言うと少し笑って続けた。 「こっちの世界も、良いことばかりじゃないよ。そうだね、君たちの一番の疑問に答えようか。はっきり言って、こっちの世界の本の数は減ってる。でも、小説自体がなくなってるってわけじゃないんだ」  こっちの世界の錦さんも相当喋るのが好きらしい。俺はなんだかほっとした。
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