十七 読書文明 〜パラレルワールド〜

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十七 読書文明 〜パラレルワールド〜

「はい、良く出来ましたー!」  俺は香澄に負けないくらいの、元気な声を出した。『一寸法師』を音読し終えた香澄は、やったあ、と嬉しそうにソファーの上で跳び上がった。美智代がいつもどおり、椅子に座りながら拍手をする。  秀一も珍しくリビングにやってきていた。相変わらず目線は例の本に釘付けだったが、俺はそんな光景を笑顔で眺めていた。  俺達は、向こうの世界の俺のおかげで、無事に帰ってこれた。『読書文明人の侵略』は、大沢というネームバリューもあり、向こうの世界でかなり売れたらしい。その時の向こうの世界の錦さんの台詞が忘れられない。 「ほら、本もまだまだ負けてないでしょう。というか、むしろこれからなんだよ。こういう時代だからこそ、僕らは頑張らなきゃいけないのさ」  俺はその時から、何か生まれ変わったような気分になった。ほんの少しだけ、世界が明るくなった気がしたのだ。  このことは、こっちの世界の錦さんにも話した。すると、錦さんはにやりと笑うと、こんな答えを返してきた。 「ほれ、見なはれ。読書念術に縛られへん世界も、楽ちゃうやろ。作家にとって楽しいことっちゅうんは、読者がいる、ちゅうことや」  あれ以来、一寸法師に退治されることはなくなったし、ドラゴンの雄叫びで目を覚ますこともない。あちらの世界の作家達と、その読者達のおかげなのだろうか。  俺は今までずっと、自分の境遇を恨んできた。むしろその境遇を言い訳に、色々なことから逃げてきたとも言える。読書文明に甘えて来たのだ。  小説を書いて、読者にそれを読んでもらえる。それが如何に幸せなことか、ずっと気付けなかったのだ。  あっちの世界の俺は、それに気付いていたのだろう。だから、幸せそうだったのだろう。  俺は、音読カードを香澄に渡した。 「えー、なんで最近は満点じゃないの?」 香澄は頬を膨らませて抗議した。 「声は大きいが、あまり句読点を意識していなかったからだ。もっとリズムよく読まなきゃ」 俺が言うと、香澄は再びえー、と嘆く。美智代がこちらを見て、嬉しそうに笑った。
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