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第一章 自虐気味のお姫様
大人になってからの友達なんて、そうそう出来るものじゃないと思っていた。
自分の人生を動かし始める、そんなきっかけをくれる友達が出来るなんて。
事の起こりを思い返してみれば、あれはお父さんの命日だった。
東京から電車で1時間弱、お父さんのお墓は静かな山間の町外れにある。
「ごめんね。今年も私一人で・・・お母さんもお姉ちゃんも仕事が忙しいの。忘れてる訳じゃないんだよ」
お墓を綺麗にして、花を飾って、それから父と暫し話をした。
「私は相変わらずだよ。家で家事してご飯作って・・・でも」
私はもう28歳。『変わらない』なんて報告、お父さんは聞いても嬉しくないよね。
「周りは変わってっちゃう。一番仲の良かった子なんて、2人目が出来て大きいお腹で大変そう」
あはは・・・自虐的に笑ってしまった。
お墓を後にして、のどかな風景の中を駅まで歩いた。
静かで広い駅のホーム。人も少ないから悠々ベンチに座れた。
他にいるのは女の人が2人だけ。
一人はスーツ姿で、黒い髪をアップでまとめたキャリアウーマンっぽい人。
私から見て右側の柱の陰で、立ったまま熱心にスマホを見ている。
もう一人は、私より年下かな?パーカーにジーンズ、そして日焼けした顔が印象深い。その子は左側、ミディアムの髪をパサパサさせながら、ホームをうろうろしてる。
不意に、スーツの人が声を出した。
「冗談でしょ?2時間も遅れてるって、どうゆうの!?」
ちょっとびっくりして、右に顔を向ける。彼女は未だスマホを睨んでいる。
「え〜やっぱり電車遅れてるの?困る〜!」
今度は左から声がした。慌ててパーカーの子を見る。
「電車の中で変な音がしたって、そんな事でいちいち止まらないでよ」
「この路線いっつもそうなんだよね〜」
・・・そう言えば時間過ぎてるのに、電車来てないな。別に用事ないからいいけど。
「こうなったらもう、タクシーしかないわね。30分で着けるわ」
「タクシーって幾ら位で行けるんだろう?」
「4千円から5千円ってとこね」
「ちょっと痛いけど、しょうがないっか〜」
・・・この2人は会話をしているの?それともめいめいが、大きな声で独り言を言っているの?
まぁ忙しい人は大変よね。私は2時間どうしてよっかな。ぼんやり考えていた。
そして、2人の足音が私の前を通り過ぎて・・・行かなかった!
気付くと私は、両脇から片腕ずつ掴まれ、ベンチから引っ張り上げられていた。
「へっ?」
「何してんの?行くわよ!」
「3人で割れば、電車代とあんまり変わんないよね〜」
・・・えーっ!いつから?いつから私、この会話に組み込まれていたの!?
この2人は、どうやらやっぱり他人らしい。タクシーの中でも、私を真ん中にして左右に座っている。
スーツの女性は、近くで見ると肌が真っ白。赤い唇が映えて綺麗な人だ。
ふっと溜息をついて、背中をもたれると瞳を閉じた。ちょっと仮眠をとるつもりかな?
と、思ってたら反対側の日焼けした子が歌い出した!
「ちょっと、ちょっと」
私は小声で注意を促す。その子もひょいと顔を覗かせて彼女の様子を見るが。
「少し練習しておきたいのになぁ」
と呟く。何の練習?
「いいわよ別に。寝てないから・・・いい声ね」
瞳を閉じたままで彼女が言った。日焼けした子は嬉しそうに笑う。
「ありがとう!」
そして景色に目を向け歌い始めた。知らない歌だけど、歌詞に魚とか波とかあって、海を思わせる。
うん!とっても綺麗な声!
歌声とともにタクシーの旅はあっと言う間。次第に大きなビルに囲まれ始めた。
タクシーが停まると、スーツの女性はガバッと起き上がり、運転席へ身を乗り出す。
「料金3人で割って、一人分カードできって」
しかし運転手のおじさんは「カードやってないよ」と言い放つ。
「なっ・・・今時カード使えないなんて、そんな馬鹿な!」
彼女は綺麗な顔に動揺を浮かべる。
そんなやり取りに気を奪われていたら、小銭の音がじゃらじゃらってした。
「はい!これあるだけ全部!!」
タクシーのシートに小銭を広げ、日焼けの子が降りようとしてる。
「待って!お金全部出しちゃったら、あと困るでしょ!?」
「う〜ん、まあなんとかなるよ〜」
呑気な声で言う。とにかく私は小銭を全部拾って、手に握らせた。
「ならないからっほら持ってって!ここは私が・・・」
「現金の持ち合わせが無いのよ!なんとかしてよっ」
スーツの人が噛みつくが、運転手は聞かない構えだ。
(・・・こっちもまだやっていたか)私は彼女の肩に触れる。
「ここは私が出しておくので・・・」
ガシッと両脇から、片手ずつ握られた。2人は声を合わせたかのように、
「必ず返すっ!」と言った。
私の家は東京駅から、さらに電車で20分移動する。電車の中で、スマホをシートの上に置いた。そして両手の平を開く。
左右の手の平に其々の電話番号・・・さすがに苦笑い。
タクシーの中で・・・
「じゃあ電話番号メモするから」
スーツの人がボールペンを出したが、紙がみつからない。
まごまごしてる内に、反対側で日焼けの子がマジックペンをリュックから出した。
「手に書いとくね」
えーっと言う間も無く、左手にキューッて書かれた。
「じゃあ私も」
スーツの人もボールペンで右手に書き始めた・・・えーっ!
・・・あっちの子はともかく、こっちの人は良識があると思ってたのに。
まずはスマホに登録しちゃわないとね、手も洗えない。
あぁそうか、名前を聞いてなかった。そうよね、こんな事になるなんて思わなかったもんね。
でもな、お金の催促の電話なんてしづらいよねぇ。
気が付くともう駅に到着していた。いつもは、のほほんと過ごしている一日が、今日はなんだか早い。
夕食の準備は随分と前に済んでいた。時計は22:00過ぎ。
ようやく家の鍵を開ける音がした。出迎えると、姉は少しうざそうな顔をした。
「別に出てこなくていいよ。家政婦じゃないんだから」
「うん・・・」私は俯いた。姉はお酒を飲んでるみたい。
「ご飯だったらいらない。食べてきたから」
・・・だろうなと思った。でもつい、
「だったら連絡くれてもいいのに」と言ってしまった。
姉は、きっとした目で睨みつける。
「こっちは仕事してんのよ!家で呑気にしてる、あんたとは違うのよ!」
そう言われるのは分かっていた。でも、その事についても言いたいことはある。
「わ、私だって家にいたい訳じゃないよ。外に出て、お姉ちゃんみたいに仕事したいって・・・」
言い終わらない内に、姉のきつい声が割って入った。
「私みたいにって、甘く見ないでよ!あんた、職に就いた経験も資格も無いくせに!」
私は黙った。言う通りだ、返す言葉もない。
姉は右手を突き出し親指を立てた。それをぐるっと下に向けて、言い放つ。
「いい?あんたの居場所はここ。ここでしか、あんたは生きれないの」
『ここ』・・・この家、父が残してくれた家。ここが私の居場所。
確かに家を守らなきゃって思った。物心ついた頃には母は亡くなっていたし、父の再婚相手は仕事を辞めなかったし。
姉は、義母と一緒にこの家に来た。『自分の』母とよく言う・・・あんたのじゃ無いと。
姉は義母の様に仕事に生きる道を、早くから心に決めていた。だから、家事は全部私に回ってきたんだ。
「家の事をしていなさい」
義母にもそう言われた。
『家政婦』じゃない。姉は言ったけど、子供の時から・・・短大を出てからもずっと、私は義母と姉に『家政婦』より便利に使われている。
もやもやする。心が平静を保てない。
翌日も姉は朝食をとらないし、義母は帰って来なかった。
「私は『自分の』母が外で何してたって構いやしないわ」
姉の意見だ。私としては父の命日くらい喪に服して欲しいと思う。もっとも姉に言っても無駄な話だ。姉にとっては『あんたの』父親なんだから。
午前中の家事を終わらせた処で、気持ちを晴らしたい・・・誰かと話したい!って思いが抑えられなくなった。
「でも・・・」
そう、仲の良い友達は現在妊娠中なのだ。スマホの電話帳を開いて思い悩む。誰であれ、用もないのに電話出来る相手じゃない。
「用のある相手・・・用のある相手」
検索する内に電話帳一番下の、名前が空欄の2つの電話番号が目に入った。
・・・確かに、用はある。
問題はどう切り出すかだ。「お金返して」なんてんじゃなくて・・・
「あっ!」セリフが決まらない内に、指が番号に触れてしまった。
コールがされてる以上、もう腹をくくるしかない。ドキドキしながら耳にあてた。
・・・そもそもこれは、どっちの番号だったかしら?その疑問は、凛とした声ですぐに知れた。
「はい、木揺です」
「あっはい。新寺です!」
つい慌てて名乗ってしまった。お互い名前知らないのに・・・キユラシって言ったのかな?
「シンデラ・・・ごめんなさい。どなたでしたっけ?」
「すみません。名前は言ってなかったです。あの、昨日電車が遅れて、駅で・・・」
「あーっ!タクシー代、ごめんね!」
「いえ、それはいいんですけど」
「30分後位にお昼なのよ。今東京駅近くだけど、一緒にどう?」
トントントーンって話が進む。私と違って頭の回転が速い人だな。場所もショートメールで送ってくれるって言うし。
「あの良かったら、もう一人の子にも電話しようと思うんですけど、いいですか?」
「歌のうまい子ね。いいわよ。じゃ3人で」
そうそう、歌がうまかったのよね。昨日は急いでどこ行ったんだろ?
「は〜い、米留 青海で〜す!誰ですか〜」
「(元気だな〜えっと名乗ってもダメだから)あの、昨日駅で、電車が遅れた時にあったんだけど」
「ん?駅??電車??んーとんーと」
「(180度違う反応だね)ほら、タクシーで一緒に帰ってきて・・・」
「ん!?おー・・・あーえーと・・・」
それからもう少し話して、なんとか理解して貰えたらしい。ようやくランチの話を切り出す。
「えっ!おごってくれるの!?」
「(確か私がお金を返して貰えるんじゃなかったっけ?)う、うんまぁいいわよ」
「やったー!『プリンチペッサ』ね。うん、まぁ多分着けるよ。じゃあ後でねぇ〜」
電話を切り、はぁ〜と溜息をついたところで、木揺さんからまたショートメールが着た。
なんだろ?と思って見てみる。
一言『おごるからね!』と書いてあった。
・・・なんだか、ややこしい女子会になりそうだな。
『プリンチペッサ』は直ぐに見つかった。趣味のいいイタリア料理店で、大きな窓から洋風の庭園が見える。
都会と思えない素敵なお店・・・でもひとつ問題が。メニューが良く分からない。カタカナで書いてあるんだけど、どうゆう料理なのかさっぱりだ。
・・・まぁいいや、木揺さんと同じの頼めば。と言うわけで、ウェイターさんに待ってもらう事にした。
程なくして木揺さんが来店。お互いペコッとしながらテーブルにつく。
「注文はした?」
「まだでした」
「そう、じゃあ私はいつものでいいわ」
・・・私は冷や汗がでた。それを予想してなかった!
知りもしないのに、同じ物頼むのって不自然だよね。でもメニュー見ても分かんないし。
ウェイターさんは若くてほっそりとした、フィギュアスケーターを思わせる男性だった。にこやかに待ってくれてるけど・・・結局私は、ウェイターさんへの申し訳なさに屈して、
「・・・同じ物で」と言うしかなかった。
ウェイターさんは軽やかな笑みを浮かべ「仲が宜しいんですね」と、お得意さんの木揺さんに言った。
彼が去った後、赤面する私に、木揺さんは身を乗り出し小声で言った。
「ひょっとして、人に合わせちゃうタイプ?私がおごるって言ったから、同じ物なら無難って思った?」
「いや・・・それは」
言われてみれば、そういう気持ちもあった。メニューが分からないっていう恥ずかしさと同じくらいに。
「あんまり感心しないよ。ランチひとつの事だけど、自分を持った方がいいよ」
「うん・・・」それしか言葉が出ない。一瞬この人が、姉と同じに見えた。
少しだけ、ばつの悪い空気。でもそれは、ありがたく事に直ぐに崩れた。
店の入り口から思いっきり手を振りながら、日焼けした女の子がやってきたのだ。
軽やかに近づくウェイターさんに、元気良く言い放つ。
「海鮮丼!」
ウェイターさんのにこやかな表情が曇った「いや、うちは丼ぶり物はちょっと」
「えーっ無いの〜?今日は朝から海鮮丼の気分だったのに〜」
他のお客さんも、私達のテーブルを注視する。
木揺さんがなにやら急に、手帳を開いてボールペンを取り出した。多分他人のふりなんだろうけど、同じテーブルだから無理ですよー!!
さてと、会話会話・・・そうだ、名前の話。
「シンデラは新しいに寺でいいの?」
「(先を越されたー!)うん」
「へぇ〜珍しい苗字ね」
「いえいえ、キユラシさんこそ。どうゆう字を書くの?」
「そのままよ。木を揺らすで木揺」
「揺らすってこういう字でいいの?」日焼けの子がスマホを目の前に突き出す。
そうそうと頷きながら、「あなたは?」と聞き返す。
「電話でマイドメって言ってたよね」
「マイドメ・・・どうゆう字?」
「えっと米に、留めるは・・・こういう字」と、指で宙に字を書く。
「あぁ留め金とかの留めるね」木揺さんは察しがいい。
「ん〜と、そうかな?青い海でアオミ!いい名前でしょ?」
「へぇ〜私、マシロ・・・真っ白と書いて真白よ」木揺さんが言うと、青海は嬉しそうに手を叩いた。
「おおー!色繋がり」
「そうね、奇遇ね」
確かに、そんな偶然あるものなんだ。と思ってボーっとしてたら、二人が私の顔をじっと見ていた。
「えっ?あっ私?私、ハイリ」
「ハイ・・・ハイ・・・灰色?」
青海の発言を、私は手を振って否定した。
「色じゃないの。羽に入れるって書いて、ハイリって読むんだけど・・・」
「ハネに入れる?ごめん、ちょっと書いて」
ペンと紙ナフキンを真白から渡された。書くと「あー」と二人で声を揃えた。
「じゃあこれからは、名前で呼び合おうね!」
青海がそう言ったタイミングで、料理が届いた。真白と『同じ物』はパスタとサラダとスープのセットなんだけど、パスタには唐辛子が入ってるし、サラダはわさびドレッシングだし、スープも辛い!
どうゆう味覚?『自分を持つ』って大切な事だと身に染みた・・・
家に着いて、居間でゴロンと横になった。
やっぱり知らない人達と過ごすと疲れるな。おかげでいろんなモヤモヤは忘れていられたけど。
夕ご飯の準備までは余裕あるし、少し休もうと思ってたら、姉からの電話が鳴った。
「今日パーティあるんだけど、持ってきた靴が服に合わないのよ」
パーティとか合わせる靴とか、私には縁遠い話だ。外で働いてると良くある事なのかな?
「でさ、赤い靴を修理に出してんのよ。それ取ってきて、会場に届けて!」
「修理って、いつもの靴屋さん?」
「そう!4時からなんでよろしく!」
姉も慌てているようで、電話をガシャン!って切った。
東京駅までトンボ返り。4時じゃあもう1時間半位しか無いよ!
私は大急ぎで家を飛び出した。目指す『靴屋さん』は商店街の中にある。
家から駅までの途中だから、行きすがら受け取れば間に合うはずだ。
簡素な住宅街を走り抜け、『サンドリヨン商店街』のアーケードが見えてきた。
さすがに息が切れて、走る足を止めた。『靴屋さん』に行くのも久しぶりだ。
確かこっち・・・居並ぶお店の列を右方向に、なるべく早足で進む。
そして商店街の端っこに見つけた。商店街のアーケードからは棟が外れ、一軒ポツンと建ってるように見える。
『靴屋さん』の建物は前から好きだった。西洋の田舎のお店みたいな外観で、なんだかワクワクしたものだった。
煉瓦造りの短い階段を駆け上がり、アーチ型の扉を開けると、カランカランとベルの音がする。
「いらっしゃいませ」若い男の子の店員が出迎えてくれた。
(あれ?)と思った。お店いっぱいにあったはずの靴が、店の3分の1程しか無い。
まぁそれは置いといて・・・店員さんに名乗り、姉の靴の引き取りを求めた。
店の中には店員さんの他にもう一人、男の人がいた。
小さくなってしまった靴のコーナーにいる。靴を選んでいるのでは無いのかな?スマホで誰かと話してる。
程なくして店員さんが言った「すみません新寺さん。まだ出来てなくて・・・」
「え・・・」引き取り予定は明日だったらしい。お店が悪いわけじゃない・・・でもどうしよう・・・
店員さんは必死に謝る。自分が悪いわけじゃないのに謝るのは、私が涙目で立ち尽くしているからだ。
(お姉ちゃん怒るだろうな。また役立たずって・・・がっかりさせちゃうな)
「もう切ります。用が出来ましたので」
不意に聞こえた男性の声。靴コーナーにいたその人は、上着を脱ぎながら、店員さんとの間に入ってきた。
「こちらの方の靴は?どんな状態だ?」
「はい、あと仕上げだけなんですが」
「では僕がやろう。かけて待って頂いてくれ」
彼は直ぐさま、店の裏手にある靴の工房へと入っていった。
バサッと無造作にカウンターに置いていったその人の上着は、あきらかにブランド物の高級品だ。
(靴の修理なんてするような人なのかな?)心で思った。
待たされたのは、ほんの10分程。姉の赤い靴はピカピカになって現れた。
「ありがとうございますっ!!」
私は最敬礼のおじぎをした。その人は爽やかな笑顔を見せ、
「いえ、間に合いそうですか?」と言ってくれた。
「はい!でも本当にご迷惑をかけてしまって済みません」
カウンターでプルプルって音がした。彼の上着のポケットで、スマホが鳴っているみたいだ。
私は話を切り上げなきゃって思った。
「本当に靴なんて何でもいいのに、我がままな姉で」
彼は、私から目を逸らした。カウンターへ向かう足を進めながら、
「靴に興味を持てない女性は最低だ」と呟いた。
パーティ会場は、大きなビルの中。
『関係者』とは言い難い私は、受付の人に言って、ロビーで待っていた。
行き交う人々は、黒いスーツの男性、ドレスみたいな服の女性・・・普段着の私は、何だか場違いで恥ずかしい存在の気がした。
姉は姉で、こんな服どこで買うの?ってな胸の大きく開いたドレス風の衣装を着て出てきた。
赤い靴を袋から出して、荒々しく履き替える。替えたのは黒っぽい靴だけど、そんなに違うのかなぁ。
「もう出来てたの?」姉も予定より早い事は承知していたようだ。
「ううん、店の人が急いでやってくれたんだよ」
私は姉にちょっとイラッときて、棘のある言い方をしたつもりだった。
「へぇ〜気が利くじゃない。工房のじいさん居たんだ」
「ううん、若い男の人。スーツ姿でハンサムな人だったよ」
姉がガッと私を睨んだ。姉が私の事をまともに見たのは、何年ぶりの事だろうか?
「それって皇紀さんじゃないの?店に居たの??」
「名前は聞かなかったよ。でもそう言えば、店員さんが『オーナー』って呼んでたかも?」
「だったら皇紀さんじゃない!?まったく、私は何度店に行っても会った事ないってのに」
姉は苛立つように立ち去ろうとする。私はちょっと不満だ。
(『ありがとう』くらい言ってもいいんじゃない?)
軽く睨んでいる私に気付いた?姉は足を止め、私をまじまじと見つめた。そして言った。
「ところであんた大丈夫?」
言ってる意味が分からなくて、首を傾げる。姉は溜息交じりに続けた。
「靴が左右違ってるわよ。恥ずかしいからさっさと帰ってくれる?」
自分の足元を見ると、運動靴の・・・似たような白い、でもロゴのデザインが確かに違ってた。
カーッと顔が熱くなった。
ひょっとして、他の人も気付いてる?変な子がいるって笑ってる??
もう恥ずかしくて、私はそそくさとビルから出て、駅までの道を小走りで帰っていった。
そして心の中で甦るのは、あの時のあの人の言葉だ。
姉の話によると『皇紀さん』という人。ハンサムで爽やかな人・・・
でもあの人が言ったんだ。
『靴に興味を持てない女性は最低』
私の事だ!靴屋さんだもの、当然私の足元を見ているに違いない。
こんな、互い違いの靴を履いて外に出ている私を、蔑んで言った言葉なんだ。
私は恥ずかしくて、残念で、最低の女だって・・・そう言ったんだ!!
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