第ハ章 『魔法の鏡』と悲しい夜

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第ハ章 『魔法の鏡』と悲しい夜

マンションのエントランスで、青海と羽入に暗証番号を教えながらふと考える。 (うちに誰か来たことなんて、今まであったっけ?) 会社の人間は全くない。叔父叔母は子供の世話が忙しくて、東京には来てられない。もちろん男もない・・・ ということは、初めてのお客様じゃないか!記念すべき日ね。 グラスとか食器とか、貰い物でずっとしまってたやつがある筈・・・ようやく日の目を見るわ。 「おおっいいとこだねぇ。広いし」 部屋を見ての青海の率直な感想。そうよね、独りだし、誰も訪ねて来ないから物があんまり必要ないしね。 私は上着を脱いでキッチンに入った。 「ちょっと待ってて。チャチャッと何か作るから」 「あっ私も手伝うよ」 そんな羽入に替えのエプロンを貸して、さて何があったかな?と冷蔵庫を開ける。 (冷凍食品をチンするだけじゃ、料理とは言わないな・・・) とか考えてる横で、羽入がてきぱきと動き出す。 お歳暮で貰ってずっとしまっていた調味料や、実家から送ってきた野菜やらを目ざとく見つけ、何やら作り出してる。 うちにある物で『ポトフ』が出来るなんて驚きだ。 ご飯が足りないと見るとパスタを茹でて、ソースも手ずから作って・・・これが『家庭的』の力か。 キッチンでエプロン姿のお姉さん達が料理する様子を、こうして眺めてるのはいいもんだね。 まぁ食べるの専門のわたしとしては、食器でも並べてお手伝いの真似事。 真新しい食器やグラスは見てるだけで楽しくなる。グラスに水を注いで箸で叩くと、いい音色。 なんてことしてる内に、キッチンでなにやら揉め始めた。 真白が取り出した『ハバネロ』なる物が、いるとかいらないとか。 仲裁しようという気持ちと、『腹減った』という訴えを表現しようと、箸でグラスを叩いた。 水の量で音色も変わる・・・面白くなって、伏せた茶碗や小皿も叩いてドラムスごっこ。夢中になって一曲奏でたところで、鍋を持ったお姉さんと大皿を持ったお姉さんに囲まれた。 「遊ばないの!」 「ごめんなさ〜い」 お待ちかねのご飯・・・そう言えば、レコーディングの後からずっと食欲無かったんだっけ。 今はテーブルに並んだ手づくり料理が、あんまりにも美味しそうで涎と・・・涙が溢れそうだ。 食事をしながら、橋の上で聞いた青海の打ち明け話を改めて話題にした。 私は「スキャンダルなんて絶対ダメ!」だったんだけど、真白は意外と寛容な考えだった。 「思うんだよね・・・歌手になれる人となれない人の間に、実力の差はそんなに無いんじゃないかって。結局はチャンスに恵まれるかどうかなんじゃないかってさ」 「でも、そんな形で夢を叶えても素直に喜べないんじゃない?」 「沖咲・・・さんが言ってたんだよね。苦労して女優になったって。本気で夢を叶えたいなら・・・ある程度は、何かを『犠牲』にするのもやむを得ないのかも知れないね」 『犠牲』という言葉を口にした時、真白はとても悲しそうだった。 空気を察したのか、青海が明るい調子で言った。 「二人ともありがとう。わたしもじっくり考えてみるね」 ・・・そう、答えは出てる。私と真白があれこれ言ったって、結局は青海が決めることだ。 でもそれで終わらせちゃいけない。それじゃ何だか淋しすぎる・・・そんな気持ちを拭うことが出来ない。 気付いたらもう真夜中だ。電車だって無いし、「今夜は泊まってき〜」と申し出た。しかしまぁ、うちに来た時点でもうそんなムードだったかな。 独り暮らしのくせにダブルベット。女3人なら並ん寝られる・・・この広さも初めて役に立ったわね。 電気を消したら、青海が『恋ばな』を振ってきた。現状、ネタは羽入のしかない。 「そりゃあ、私なんかが皇紀さんにって気持ちは大きいけど・・・」 「なんで?皇紀さんってどうゆう人なの?」 「う〜んシンプルに言えば王子様かもね。実際結婚したら『玉の輿』だしね」 「私は、そうゆうつもりじゃなくて。本当に優しい人だから・・・」 「ステイタスがいいから、そう思えるんじゃないの?」・・・どうも私は、皮肉めいた言い方が癖になってるな。 「違うよ!青海が悩んでるって、気にしてくれたんだよ」 「ええ〜?わたしのことを?それはサンキューです」 青海を満足させたら、次は私の番のようだ。 「真白のことも『すごく頑張ってる人』だって、一目で理解してくれたんだよ」 「・・・なんで?」 「靴底がすり減ってるからだって。ぐっと地面を強く踏んで生きてる人だって」 その意見には感嘆を隠し得ない。(なるほど、いい人かも・・・)という気持ちに傾いた。しかし何かにつけて、靴を持ち出す人ね。 「はっ私は、しっかり顔を見て『素敵だね』とか『好きだよ』とか言って欲しいの。そんな足フェチ興味ないわ」 また皮肉めいた言い回しでごまかした。青海はケタケタ笑ってる。 「足フェチなんてひどい!」 羽入がムキになってしまった。今夜はまだまだ眠れそうにないな。 翌朝寝室から出てみると、羽入も真白ももう起きていた。 真白はスーツに着替えを済ましてテーブルについてるけど、両手で頬杖をついて眠そうな目をしてる。 昨日の夜長々と話をしたせいか、そもそも朝が弱いのかだね。 対して羽入は、エプロンつけてキッチンをパタパタと動き回ってる。新婚家庭みたいな、いい眺め。 『ひとり娘』役のわたしは、キッチンではなくリビングのソファに正座して、ネットニュースを開いた。 「あれ?もう遊佐さんのことが話題になってる」 確か雑誌が出るのはまだ先の筈なのに。 「多分、先に情報流したのよ。マネージャーの土屋って人、やり手みたいね」 真白が寝ぼけた口調ながら教えてくれた。 ニュースの中では『お相手』の話題も盛んだ。『歌手志望の20代前半女性』と。 「うわ・・・」 思わず口にした。ニュースの中に画像があって、記者が集まってる建物が・・・周辺をぼかしてるけど、明らかに。 スマホの画面に夢中になりながらも、お味噌汁のいい香りには気付いた。リビングのテーブルに持ってきてくれたんだね。 その羽入がわたしの後ろから、スマホの画面を覗き込んで首を傾げた。 「これわたしのアパートだよ」 「そうなの?怖いねマスコミって」 「う〜んどうしよ・・・これじゃ帰れないよ」 「いいじゃない。しばらくここに泊まれば・・・」 少し離れたキッチンテーブルで、あくびしながら真白が言ってくれた。 「いいの!?」わたしはテンションマックスで、すぐ後ろの羽入にも言った。 「羽入も一緒!?」 羽入は一瞬困ったような顔をした。 「え〜と、私は家族に相談してみないと・・・」 ところが何かを思いついたように表情を変え、両手で握り拳を作って前に突き出した。 「ううん!泊まる!私は家政婦じゃないんだから、自由にしてやるんだ!」 「大丈夫?家のことしなくていいの?」 わたしは羽入の事情を思い出した。 でも羽入は首を横に振って、力強く言い切った。 「いいのよ!昼間家に帰って家事を済ませて、夕食の準備だけして。夜はここに戻って泊まるの」 「なんだか変な生活」 わたしが笑い、羽入が自分の言葉に何度も頷いていると、いつの間にか朝ごはん食べ始めていた真白も賛成した。 「それ助かるかも・・・あ〜お味噌汁おいしい・・・」 『自分を変える』・・・ずっと想い描くだけで、実現しなかった願いを、今こそ形にするんだ。 真白と青海という友達が、私にそのきっかけをくれたんだ・・・感謝してる。私も大切な友達の助けになりたい! 「よし!」と気合いを入れて、実家に飛び込んだ。 義母も姉もまだ部屋で寝ているようだ。静かに機敏に動き、まずは予定通り家事を済ます。 それから部屋に戻って荷造り。どうせ明日も来るわけだから1日分の準備をカバンに詰める。 コンコンってノックの音。返事する前にドアが開いて、姉が現れた。 「なに?初めてのデートでもう朝帰り?結構やるじゃない」 ・・・ああ、そうか。姉の視線からすると、昨日の行動はそうゆうことになるんだ。でも、どうでもいいでしょ?別に弁解するような事でもない。 私はちらっと、腕組みしてドアにもたれ掛かる姉を一瞥しただけで、そっぽを向いた。 「しばらく向こうに泊まる・・・大丈夫、家事はちゃんとやるから・・・」 私にしてみれば、姉にこんな態度を取るのは大した勇気だ。怒るなら怒ればいい!と心で呟いたら・・・ ダダッ!と姉が部屋に飛び込んできた。あまりの行動に驚いて顔を向けると、いわゆる胸倉をぐいっと掴まれた。 「あんたねぇ!その男のこと分かってんの!?いきなり一緒に暮らすって、何考えてんのよ!!男に免疫ない癖に、軽率な真似して・・・傷つくのはあんただって、なんで分かんないのよ!!」 もの凄い剣幕に気圧された。姉の瞳は燃え滾るようで、私はおずおずと話すより他になかった。 「・・・昨日は友達の家に泊まりました。少しの間、夜は彼女の家に泊めてもらいます」 姉はまだ胸倉を掴んだまま、返答をするまで随分と間が空いた。 「・・・友達って、短大の?」 「ううん、最近出来た友達。お姉ちゃんと同じ、キャリアウーマンだよ」 「ああ・・・そう・・・」 掴んでいた手を離し、後ろを向く。勘違いしたことを知って、恥ずかしくなったみたい。顔を赤らめて・・・ 私はそんな姉を呼び止めるように口を開いた。 「大丈夫かな?一応夕食の準備しておいたけど・・・お母さんも」 姉は振り向かない。相変わらず照れくさそうに、そそくさと部屋を出て行く。 「え?大丈夫よ。あの人だって、あんたが居なきゃ居ないでなんとかするでしょ」 姉の部屋は私の向かい。バタンッと閉じて、もう出てこなくなった。 私はカバンを持ち、自分の部屋を出る。「行ってきます」って一応声かけて。 外に出てから家を振り返る。二階の正面が姉の部屋だ・・・ふっと昔の思い出が蘇る。 小学生の頃、既に父はなく朝から家事をこなす毎日。 その日はちょっと寝坊して、慌てて学校に行った。教室に入った時、エプロンを着けっぱなしだったことに気付いた。 クラスの男子の一人が大声で囃し立てると、つられた男子達に一斉にからかわれた。「主婦」とか「おばさん」とか。 泣きながら家に帰った。そしたらお姉ちゃんが、最初に囃した男子の家に電話して怒鳴った。 「お前なぁ!『わたしの妹』になに言ってくれたわけ!?」 ・・・思えば、お姉ちゃんは子供の頃よくこの言い方をした。 両親は違っていても、あんたは『わたしの妹』だって。今日のように、少し照れくさそうに・・・思いやってくれた。 カーテンがしかれたままの、姉の部屋を見上げると自然に笑みがこぼれた。 (私は恥ずかしくて口に出来なかったけど、いつも思っていたよ・・・『わたしのお姉ちゃん』って) 一人になると、またあの時のことが頭に浮かんでくる。不安が募る・・・ 羽入と真白は最高の友達だ。でもやっぱり言えなかった。それから、もうひとつ・・・ 「聞きたい!」そう言うと、しばらく土屋さんは黙っていた。 「聞いたら歌うのね?」・・・わたしは怖いという気持ちがあった。でも意を決して頷いた。 土屋さんは溜息をついた。それから意外にも落ち着いた口調で、話し始めた。 「私の父は同じ音楽事務所に勤めていたわ。当時、50半ばの父は『素晴らしい若者を見つけた』と言っていた。それが遊佐 爵也という駆け出しのミュージシャンだったわ。父は躍起になって、彼の売り出しに走り回った」 次に土屋さんが見せた表情は『嘲け笑う』という感じのものだった。 「当時の遊佐はひどいものよ。酒、女、賭け事・・・ドラッグに手を出していなかったのが救いね。金銭トラブル、喧嘩沙汰、妊娠騒ぎ。その度に父は方々に頭を下げて回って。 今の奥さんだって、ファンに手を出した結果よ。父の取り成しがなければ、子供は生まれなかった」 沸々・・・と怒りが込み上げてくるみたい。 「父の体はね、もうあちこちガタがきていたのよ。音楽マネージャーなんて体力仕事に若い頃から従事して。なのに、無理して体を張って。全ては『若者の才能』の為・・・遊佐の為。でもあいつは全然、父の気持ちを理解していない!」 遂に怒りの表情を見せた。両手で真っ赤な髪を激しく掻きむしる。 「結局あいつの行動に振り回され、限界を迎えた父は倒れた。そのまま・・・あいつが世に出るのを見届けることも出来ずに!あいつは父への感謝を示さない!謝罪もしない!自分の才能だけで売れたと思い上がって・・・父のことを忘れて!!」 「そ、そんなことないんじゃ・・・」 必死で口を挟もうと試みた。けど無理だった。 「そうでしょう?私の名前・・・土屋の名字を見ても思い出せないんだから!あいつの中で父は消え去った・・・『若者の才能』に貢献した?父は本望だった?いーや、誰がなんと言おうとも!!」 最後の言葉に、わたしは心の底から恐怖を感じた。 「あいつが父を死なせた!!だから今度は私があいつを・・・遊佐 爵也を葬ってやるのよ!!」 ・・・思い返すと、未だに震えてくる。 これが『殺意』というものなの?怒りを超えた感情を持つ人に初めて出会った。とてもじゃないけど、心が着いていかないよ。 あれほどの激情に触れた直後に、わたしは歌った。 今、震える手でイヤホンを着けて、レコーダーを再生する。流れる歌を聴いても実感が湧かない。 自分が歌っているという気がしない。自分の声じゃないみたい。 これが言えなかったもう一つのこと。わたしは、わたしの『声』を失くしてしまった。 私はきっと成長してる。素直な気持ちを持って、前向きに生きれるように。 ありがとう、青海、羽入・・・二人の気持ちに答えたい。だから私は、自分自身の問題に決着をつけよう。 休憩時間にスマホを開いた。遊佐 爵也のニュースも気になるところだが、それ以上に新聞に載ってた記事の真偽が気に掛かった。 「・・・どうやら本当か」 動画もあったので再生してみる。良く知った美しい女優が、微笑みながらインタビューに答えていた。 「ええ、もう大丈夫よ・・・原因?睡眠薬を飲み過ぎた?」 私はその人の元気そうな姿に安堵し、その人が語る強気な言葉に唇を噛んだ。 「あなた達マスコミのせいでしょ?おかしな事ふれ回るから、眠れなくなったんじゃない。もしあのまま死んでいたら、あなた達のことを呪い殺してやるところだわ」 沖咲 麗華が退院した。それ程のニュースにはなっていない・・・入院した時は大騒ぎした癖に。 となれば家に戻るのだろう。 独り身の彼女は都内のマンション暮らし。当然ながら、住所を知る者は極々わずか・・・その中の一人が彼女の肉親である、彼女の弟。 つまり私の叔父だ。 叔父は言っていた「一応知っておいた方がいいだろう」と。 叔母は言ってくれた「いずれ時がきたら、会いに行きなさい」と。 すーっと瞳を閉じる。 (今がその時・・・)心に誓う。迷わないと躊躇しないと恐れないと。 目を開いて、私が最初にした事は青海と羽入にラインを送ることだった。 『今日は遅くなるから、2人で夕食食べてね』 扉が開いたそこに、沖咲 麗華はいた。 シルクの寝着に身を包んだ彼女は、右手の人差し指、中指をこめかみに当てて立っていた。『迷惑な客の訪問に、頭を痛めている』という無言のアピールだろうか? しかし私が驚いたのは、ここまですんなりと通したことだ。門前払いを覚悟していた・・・数時間マンションの入り口で、ウロウロする事になるだろうと思っていたのに。 どうゆうつもりなのか?でも、彼女の態度を見て確信した・・・『軽くいなせる』と思っているんだ。そうはいくもんか! (言うことは決めてある)そう、何度も心の中で繰り返してきたセリフがある。これからが本番、女優のようにうまく出来るだろうか? 「早く閉めて」それが彼女の第一声だ。 扉を閉めても「中に入れ」とは言わない。玄関先で追い返そうとしてると感じて、私は言葉に詰まった。 「叔父と叔母が心配して・・・」やっと出た言葉。情けないけど、こんな事しか話題がみつからない。 「そう、安心してって伝えて。あっちは元気なの?」 「はい、元気です」 「良かったわ。あの人達のお嬢さんも、目の前で見たところ元気そうだし・・・用はお終い?帰る?」 ・・・私は、彼女の言葉に・・・負けない!ぐっと顔を上げて、睨むような視線を彼女に向けた。 「なによ?」少しひるんだ。今こそ決めてきたセリフを言うわ、女優のように! 「『鏡』を見せて!あるんでしょ!?『魔法の鏡』が!!」 「はあ?」 「以前インタビューで話していたでしょう?美しさの秘訣は『魔法の鏡』だって」 まくしたてながら靴を脱いだ。勢いに任せて部屋に上り込む。 純和風の佇まい、整理整頓が行き届いている。観葉植物と色とりどりの花・・・これは退院祝いだろうか。 「バカな事言ってないで、帰ってくれない?」 「・・・『魔法の鏡』にいつも言ってるんでしょう?『世界で一番美しいのは』って。鏡はなんて答えるの?」 私は部屋の中を見渡した。目当ての物が無いとなると、隣の部屋、また隣の部屋と。クローゼットの中も、トイレも! でも見つからない・・・私は必死だった。 「ある筈だ・・・ある筈なのに・・・」小さく呟く内に涙が溢れてきた。 私の計画は、とにかく部屋に上り込むことだった。部屋の中にある筈の物を目にしたかったからだ。 一目見ることが出来たなら、それでもう・・・それで良かった。きっと気は済んだ。 最後に開いた扉の先は寝室、一転ここだけは洋風だった。そしてここが、私にとっての最後の希望だった。 「なにを探しているの?」 さっきから目線を下げて、しかも棚や引き出しを開けている私に、彼女は疑念を抱いたようだ。 ベットの脇にも、小さなアンティークテーブルの上にも見つからない。 見つからない・・・見つからない・・・あるはずなのに・・・ 涙目の瞳が探しているのは、確かに『鏡』ではない。私が必死で見つけたかった物は。 ・・・小さな女の子の写真だった。小学生でも、幼稚園でも、生まれたばかりでも良かった。 (わたしのしゃしん・・・わたしのしゃしん・・・)毎日きっと見てくれてるって・・・それが励みだって、きっと思ってくれてるって。 ほんの僅かでいい・・・少しでも、少しだけでも・・・愛されてる証を目にしたかった。 ベットの横で、打ちひしがれペシャンとなった私を彼女は見下ろしていた。 「気が済んだかしら?じゃあもう帰ってね」 言葉を返せず、ただ彼女を見上げたその先に・・・偶然目に入った物があった。 「あったわ」 立ち上がって指差した。そして彼女の背後に回って、顔が映るまで近づいた。 「これが『魔法の鏡』でしょ?」 アンティーク調の縁取りが施された、大きな楕円形の鏡だ。寝室は真っ暗だが、隣の部屋の明かりをピカピカと反射している。 「何言ってるのよ・・・あんなインタビュー、適当はこと言ったに決まってるでしょう?」 「来て!来てよ!」 強引に彼女の腕をとって引き寄せた。鏡の中に2人の顔が並んで映るまでに。 「ねぇ見て、見てよ!私とあなた・・・どっちがキレイ?」 彼女は黙っている。いかに沖咲 麗華と言えども、化粧を落とした顔にはしわが見え隠れする。 まして20代の女と比べてどう?なんて、不公平も甚だしい・・・承知の上でやったことだ。 「今問いかけたら『魔法の鏡』はなんて答えるかしら?やってみる?」 「・・・やめなさい」地の底から呻くような低い声だ。 「世界で一番美しいのは・・・」私は、言いながら鏡に手を伸ばした。 鏡の縁に指が触れた瞬間、私は思い切り突き飛ばされた。壁にぶつかってよろめくと、更に胸に痛みが。 私の胸から落ちたのは、リンゴ型の飾り物だった。彼女が手にした物を投げつけたのだ。 そして、世にも恐ろしい言葉が暗闇に鳴り響いた。 「出て行け!その顔二度と見たくないわ!!」 真白は帰らないと連絡は受けていた。沖咲さんが退院してることも知った、きっと関係あるんだろうと思った。 私は一人でキッチンにいた。青海はベットルームだ・・・食事に出てこないから、お盆に載せて渡した。 「ごめんね」って言ってた。 青海は誰かとスマホで話してるようだ。少しだけ聞こえたけど、楽しい話じゃなさそう。 今度は私のスマホが鳴り出した・・・真白からだ。 真っ暗闇の中・・・マンションを出てから、右も左も分からなくて。 気が付くと人通りの無い道。普段だったら、絶対に歩かないような所だ。私は慌ててポケットを探る。 (スマホ!スマホ!どこ?どこにあるの!?) 今度はお尻のポケットに入ってた。引っかかってうまく取り出せない。 出したはいいけど手が言う事をきいてくれなくて、危うく落としそうになった。 涙で滲んで良く見えないアドレスから、なんとか『羽』の字を見つけられた。 (出て、出て出て!お願いお願い・・・) 「真白?どうしたの?」 羽入の声!私は、その声に飛びついた。 「失敗しちゃった、失敗しちゃった!あんなこと言うつもりじゃなかったのに! 違うの・・・違うの、わたし、2人並んで・・・『ほら良く似てる』って・・・そう言うつもりだったの!!」 「真白・・・真白落ち着いて」 「もうダメ、もうダメだよ・・・2度と会いたくないって。どうしよう?どうしようー!?」 「真白!真白帰ってきて・・・ね?帰ってきて・・・」 「ダメ、ダメダメダメ・・・今日は帰れない。一人で考えなきゃ・・・」 「だったら私達が出て行くよ。ここは、真白の家なんだから・・・」 「いやぁ!いやいやいやぁ!帰るから・・・明日か明後日にきっと帰るから。ひとりの部屋に帰りたくない! ・・・ふたりに・・・羽入と青海にいて欲しい・・・いて欲しいのぉ!!」 少しの沈黙。でも次に聞こえてきた羽入の声に、私はとても安心させられた。 「うん、分かった。ここで待ってるよ!真白」 「うん・・・ありがとう・・・ありがとう・・・羽入」
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