【おまけ2】髪結い

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【おまけ2】髪結い

 アリアが来て、アーサーとの食事会の後からファウストは少し変だ。日中でも時々、心ここにあらずという様子が見られる。ほんの少しの時間だけれど。  よほど、酷い喧嘩をしてきたのか? それにしてはしおらしいのが気になる。  それとも、何か難題を突きつけられたか。  今もどこかぼんやりとしている彼を見ながら、ランバートはふと溜息をついた。 「ファウスト様、大丈夫ですか?」 「あっ、いや! 大丈夫だ」 「……嘘ですね。ずっと心ここにあらずですよ」 「……すまない」  そう言って俯いてしまう。なんだか本当に、弱っているような気がする。  俯いて、サラリと落ちた黒髪を煩わしそうな顔でかき上げる。その仕草にドキリとしつつ、ランバートは席を立ってファウストの後ろへと回った。 「ランバート?」 「髪、邪魔そうですね。結いましょうか?」 「え?」  自分の髪とランバートを見比べている。ランバートはにっこりと笑い、自分の机から櫛と紐を持って来た。  ファウストの髪はいつ触れてもサラサラと気持ちがいい。まるで絹糸のようだ。  その髪に櫛を入れ、丁寧に梳いていく。梳かなくても引っかかりもなく落ちていきそうだ。 「楽しそうだな」 「俺、結構好きなんですよ。とは言っても自分の髪しか弄ったことありませんが」  梳いた髪を一つに束ね、頭の形に合わせて丁寧に櫛を入れつつ高い位置で纏め上げる。細い紐できつく束ねた根元を括り、キッチリと結んでから色のついたリボンで二重に縛った。 「完成! ポニーテール」  なかなか綺麗に纏まった。後ろ髪が高い位置から一つに纏まって揺れている。項が白くて、ほんの少し後れ毛もあってちょっとセクシーだ。 「鏡っと」  置き型の鏡を一つ持ってきてファウストの前に置いたランバートは、正面から見たファウストに思わずドキドキしてしまった。  いつもは髪があって見えない耳も綺麗に見えているし、首筋なんかも露わだ。髪を上げた事で顔もはっきりと見えて、妙に色っぽく見えている。 「なんだか見慣れないが、確かに邪魔にならなくていいな。たまには悪くない。 ……ランバート?」 「あぁ、うん。似合ってるよ。ははっ」  似合い過ぎて見惚れた挙げ句、ちょっとムラムラしたとは言えませんでした。  ファウストはこの髪型を気に入ってくれたのか、機嫌良くしている。何をするにも邪魔にならないそうだ。終いには「髪を切ろうか」とか言うので止めて貰った。お気に入りの一つだから。 「ほぉ、器用なものよランバート」 「似合ってるけど、妙に色気撒いてるよね」  昼食時、シウスやオスカルと一緒に食べているとこの反響だ。 「案外いいぞ」 「お前の髪が長いからだろ。切ってはどうだ?」 「あっ、それは俺がNGです。この髪切るの勿体ないし」 「ありゃ、嫁ちゃんのリクエストならダメだね」  からかわれながらも好きにさせているあたり、ファウストは本当にこれを気に入ったのかもしれない。  午後になって、ランバートは書類を持って医務室を訪ねた。健康診断の日程をいつにするかを詰めるためだ。  訪れると平和な医務室に、ここの主が穏やかな様子で机に向かっている。 「エリオット様、健康診断の日程案をお持ちしました」 「あぁ、ランバート。有り難う」  声をかけると穏やかな声が返ってきて、明るい緑色の瞳がこちらを見る。そして、落ちてくる右の髪を耳に掛けて。 「エリオット様も髪、邪魔そうですよね」  以前よりは伸びて、今は肩に掛かるくらいの長さになっているエリオットの髪は、どうにも見ていて少し邪魔そうだ。  エリオット本人も自分の髪に触れて苦笑している。 「無精をして伸びてしまったのですが、オスカルが嫌がるんですよ。勿体ないって」 「分かる気がします」  先程「切ろうか」と言ったファウストにNGを出して来たばかりだ。  そしてふと、思った事を口にした。 「俺でよければ、結いましょうか?」 「え?」 「得意ですよ」 「そういえば、ファウストも珍しい髪をしていましたね」  昼の事を思いだしたのか、エリオットは少し考えている。そして机の引き出しから櫛と紐、そしてピンを数本取り出した。  エリオットの髪もサラサラとして気持ちよく、ファウストよりも細い。柔らかな手触りを堪能できる。 「でも、こんな所で油売っていていいんですか?」 「今日は穏やかですから」 「ふふっ、確かに」  温かくなりつつある日差しは春を思わせ、木々には芽吹きを感じる蕾がついている。もう、春は目の前だ。  邪魔になっている右側の髪を丁寧に編み込み、端を短い紐で括る。そうして出来上がった三つ編み部分をピンをクロスにして止めた。 「出来ましたよ」 「有り難う。癖がついているのか、いつも右側だけ落ちてきてしまって。ピンで固定してもピンが滑り落ちてきてしまうのですよね」 「エリオット様の髪は柔らかくて抜けやすいんだと思います。今回は編み込んで固定したので、勝手には落ちてきませんよ」  なかなか綺麗に纏まった。亜麻色の髪に隠れていた首筋と耳が綺麗に見えている。かき上げる姿もなかなか色っぽいとは思うが、これもまたセクシーだろうか。 「助かります。あと、これをファウストに。この日程で診断入れておきます」 「有り難うございます」  書類を受け取り、ランバートはそのまま執務室を出て、今度は宰相府執務室へと足を伸ばした。  宰相府執務室に辿り着くと、中が何やら賑やかだった。 「シウス様、不器用なんですから無理ですよ」 「不器用と言うでない、ラウル。人は試してみてなんぼ……いっ!」 「ほら、絡んでいますって!」  何をしているのだろうか?  思いながらもノックをすると、シウスではなくラウルがドアを開けてくれた。 「失礼します。決算書をお持ち……何してるんですか?」 「うっ、うむ……」  見ればシウスは自分の髪を鳥の巣のようにしっちゃかめっちゃかにしている。恥ずかしいのか顔は赤いし、もの凄くバツが悪そうだ。 「ファウスト様が髪を結んでいたの、ちょっと羨ましかったんですって」 「あぁ、それで……」  くすくす笑いながら教えてくれたラウルに、シウスは慌ててワタワタしている。  それにしても滅茶苦茶な感じだ。紐で括るのも失敗しているし、そもそも纏めるのが上手くいっていない。  息をついて苦笑して、ランバートはシウスの後ろに回った。 「ランバート?」 「動かないでください、俺がやります」  絡んでしまっている紐を丁寧に外し、玉結びになりそうな毛先を丁寧に櫛で梳いていく。シウスの髪は案外毛の量はあるが柔らかく、絡みやすいようだった。  一つに纏めようにも、どうやらあまりコシがないようで上手く上がらない。ならばと、逆に下の方で緩く一本に三つ編みをしてみた。  あえて首筋よりも少し下辺りから柔らかく編み始め、紐で結ぶ。これで頭皮を引っ張られるような違和感もないだろう。 「出来ましたよ」 「うっ、うむ。すまぬな」 「今度からはラウルにやってもらっては? 彼は器用でしょ」 「いつまでも不器用だからと甘えているのも悪いと思ったのじゃ」 「なるほど」  シウスの不器用さは折り紙付きだ。自分でボタンをつけたら縫い目はグチャリとして、ボタンはグラグラ。とても上官の装いには見えず、付け直した事があった。  そう言えば、ファウストは案外繕いが上手い。理由は、昔はよく訓練や事件で服を裂いてしまっていたから。だそうだ。  考えて、ランバートはあえて一度結った髪を解いた。そしてシウスに自分で結えるように教える。キッチリと結ぶのではなく、自分の髪を前に持って来て見ながら三つ編みにできるので実は簡単だ。  四苦八苦して、ランバートが結んだのよりは少しよれてはいるものの結べた。その満足感からか、シウスは嬉しそうにしていた。 「それで、こちらが決算書ですが」 「あぁ、すまぬな。色々と手間をかける」  書類を受け取り、ざっくりと内容や添付資料を見比べた後、シウスは「可」の印を押す。これで騎兵府の決算は無事に通った事になる。 「ランバートが来てから、書類の不備がなくなって助かる。それに、騎兵府執務室が紙で溢れる事も無くなったしの」 「有り難うございます」 「いや、こちらこそ助かる」  笑みを見せたシウスに一礼して、ランバートは予定よりも少し遅く、騎兵府執務室へと戻っていった。  その後暫く、騎士団内では髪を結うのが密かなブームになるのだった。 END
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