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お茶をいかが?(ウルバス)
宿への連絡は有り難くファウストにお任せして、ウルバスはアリアと一緒にゆっくりと西砦を出て再びラセーニョ通りへと戻ってきた。
「王都は本当に人が多いのですね」
「まぁ、王都だからね」
キョロキョロと辺りを見回すアリアの目は輝いている。そんな彼女の隣でやんわりと笑って、ウルバスは手を差し伸べる。突然前に出された手とウルバスの顔を交互に見て、アリアはどうしていいか分からない顔をしていた。
「お手をどうぞ。雪で歩きづらいし、人も多いですから」
「ですが、それではウルバス様が歩きづらいのでは……」
「俺はこのくらい問題ありませんよ。それと、よければ俺の事はウルバスと呼んでください。なんか、様なんてつけられるとムズムズするんで」
部下でもない、しかもこんな若いお嬢さんに「様」なんてつけられると、なんだか調子が狂うのだ。それに、堅苦しい感じがしてたまらない。
伝えるとアリアはとても困っている。ファウストとは違ってコロコロと表情が愛らしく変わるのはとても面白く思う。なんというか、表情から考えが読めるのだ。
「あの、では、ウルバスさんで! 私の事もあの、呼びやすいように」
「うーん……では、アリアちゃん……は、ちょっと近すぎるかな?」
問いかけると、白い頬が僅かにポンと赤くなる。ごく普通のつもりだったが、どうやら免疫がないようだ。
「あっ、ごめんね! アリアさん」
「あぁ! あの! それで、いい……です」
胸の前でブンブンと手を横に振って赤い顔をするアリアの言葉尻はとても小さくなっていった。終いには俯いてしまう。湯気が出そうだ。
「……なんか、可愛いですね」
「え?」
「いいえ。では、アリアちゃん。お手をどうぞ」
ファウストが可愛がるのが分かる気がする。素直そうでいい子で、妹がいたらこんな感じかと思えてくる。実際は一人っ子だから、兄弟なんていたことがないけれど。
ウルバスの手を取って人の多いラセーニョ通りを歩いていく。途中、騎士団での話しを少ししながら。ウルバスの話しを聞いて楽しそうに笑うアリアはとても体が弱いなんて思えない感じだ。
「兄様、私には自分の失敗とか情けない話、絶対しませんのよ。ううん、自分の話自体あまりしませんの。私の事ばかり聞くのよ」
「離れているから余計に心配なんじゃないかな? さっきの様子を見ても過保護そうだし。それに俺達の仕事はあまり聞いていていい思いもしないだろうから」
人助けをしたというならいくらでも話せる。けれどファウストやウルバスくらい深い所にいると、圧倒的に気分のいい話が少ない。事件の捜査や、戦争の事。そういう話を自然と避けてしまうのは、当然だろうと思う。
けれどアリアは寂しそうに笑う。その表情を見ると、こちらの思いとは違うのだろうと思えてくる。
「気を使ってくれているのは、有り難いし分かっているつもりなんです。でも……知りたいんです。いい話ばかりではなく、辛い話しや、悲しい話でも。私、兄様達がどんな風にお仕事しているのか、まったく分からないんです」
「……だから、ルカくんの店に行きたいの?」
問うと、アリアは苦笑してみせた。
丁度店が見え始める。ガラスのショーウィンドウのその先で仕事をしているルカと、もう一人の女性。そして随分と背が伸びたオレンジ色の髪の少年が見えた。
アリアは店に近づくことはなく、むしろ隠れるようにして店の中を真剣に見る。その眼差しはどこかファウストにも似ていて、とても真剣なんだと分かった。
「私、兄様達の仕事風景って見た事がないんです。だからできれば、見ておきたいなって。これを逃したら次はいつ王都に来られるか分からないから、せめてルカ兄様だけでもと思って」
「それで無理をしたのかい?」
「すみません。成長して、少し散歩の時間も増やして体力がついて、体調もずっと安定していたので大丈夫だって思ったんです」
申し訳無くウルバスを見たアリアの足が、店に背を向ける。隣りに立つウルバスもそれに従った。
「もう、いいのかい?」
「はい、十分です。兄様、楽しそうだった。それにメロディ義姉様とも仲が良さそうで。もう一人の方はお弟子さんのレオくんですね? お話は聞いています」
本当に見るだけで満足そうに笑うアリアを、意地らしくて可哀想だと思ってはいけないだろうか。あの場所に行ってみなくて、いいのだろうか。
いや、それだけじゃない。本当はやってみたい事や、行ってみたい場所があるんじゃないだろうか。小さな頃から制限をかけられていたのだろうから、そんな事も思わないのだろうか。
「ウルバスさん、本当に有り難うございます。思いがけずファウスト兄様の仕事姿も見られて、嬉しかったです。あとは宿に戻りますので……」
「ここの先に、美味しい紅茶とケーキのお店があるんです。俺、お昼まだなのでもう少しだけ、時間をくれませんか?」
「え?」
驚いたように丸くなる目。けれどその次にはウズウズした様子をみせる。行きたいんだと分かるけれど、我慢しようとしているようだ。
「歩き通しも疲れますし、これで顔色悪くして帰ったら俺がファウスト様に大目玉くらいますし。アリアちゃんの時間が許すなら、ですが」
「はい! あの、私こそお願いします!」
そう言ったアリアは年齢よりも幼くて、とても愛らしい笑顔だった。
甘党というよりは甘味大魔王と言えるオリヴァーの情報は確かだ。
少し奥まった場所にある店は落ち着いた雰囲気でありながら味は格別だ。紅茶とケーキをそれぞれオーダーしている間も、アリアは色々気にしている。甘い匂いのする店内は、小さな小物が飾ってある。
「女の子は好きですよね、可愛いもの」
「え! あぁ、はい。可愛いなって思います」
キョロキョロしていたのが恥ずかしかったのか、頬を染めて大人しく座るアリアは、それでも目があちこちにいく。そういうのを見ると、思わず笑ってしまう。
「いいと思いますよ、そういうの。我慢しなくていいですよ」
「でも、あの……子供っぽいし」
「え? いいじゃないですか。可愛いですよ」
「かわ! あの、大人しくしています」
プシュンと頭から湯気が出そうなアリアがちょこんと静かになったタイミングで、お願いしていたケーキと紅茶が二人の前に届いた。
ウルバスは甘さ控え目なレモンティーに、紅茶のシフォン。ふわふわと弾力のあるケーキは高さにして十センチくらいはありそうで、弾力があってしっとりしている。
アリアはザッハトルテだ。ツヤツヤのチョコレートコーティングに、中はアプリコットジャムの程よい酸味が美味しそうだ。
「うわぁ……」
目をキラキラさせるアリアはすぐにでも食べたい顔をしている。それでもまずは紅茶を一口飲み込み「美味しい!」と驚いた顔をした。
「あっ、本当だ。美味しい」
ウルバスも紅茶を飲み込む。体の中から温まってきてほっとする。ケーキも食べて、なんというか感無量だ。
「王都って、美味しい物が沢山ですね。昨日宿で食べた食事もとても美味しかったわ」
「あそこは超がつく一流だからね」
「そうですわね。でも、ちょっとお上品過ぎて緊張してしまって、最初味が分からなかったんです」
恥ずかしそうに首を竦めてこちらを見上げるアリアに笑って、ウルバスは頷く。
「分かる気がするな、それ。俺もあんまり高級だと尻込みするし」
「そうなのですか? 慣れているのでは?」
「あはは、ないない。騎士団宿舎で食べるのがほとんどだよ。まぁ、うちのシェフ達の料理はそこらの高級レストランにも引けを取らないけれどね」
アルフォンスやジェイク、スコルピオの料理はそこらのレストランよりも美味しい。決まった予算の中で隊員の体調やバランスもみて作ってくれるのだから頭が下がる。
「そうなんですか?」と言って、アリアは楽しそうに聞いている。黒い瞳を輝かせる様がなんというか……色々と期待に応えたくなる感じだ。
「うちのシェフは元々、高級レストランに勤務していた人達なんだよ。好きにやりたくてきたらしいんだ。だからとても美味しい」
「やっぱり、お皿に綺麗に盛り付けられて?」
「ううん、全然! 大きなガットに大盛りの料理が入ってて、好きに持ってけ! って感じだよ」
「豪快なんですね!」
「騎士団だしね」
目を丸くしながら無邪気に笑うアリアに、ウルバスも笑う。そうするうちにケーキはあっという間になくなっていって、外は冬らしく暗くなり始めていた。
「うーん、残念。そろそろ時間切れかな」
「あ……」
外を見たアリアがほんの少し、寂しそうな目をする。少しはこの時間を楽しみ、終わってしまう事を残念に思ってくれるのだろうか。そうだと嬉しいなと、少し自惚れてしまう。
「送っていくね」
「はい、有り難うございます」
先に立ち上がって彼女の椅子を引き、手を差し伸べて先へ。だがアリアは落ち着かない様子でキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「あの、お会計」
「あぁ、大丈夫だよ」
最初に入った時に済ませてあるし、元々誘ったのはウルバスなのだから彼女に払わせる気はなかった。
なのにアリアは驚いて、次にはクッと眉根を寄せる。その少し強い目線が、ファウストに似ていた。やっぱり兄妹なんだと思わせる感じがあった。
「そこまで気を使っていただくと、申し訳ないです」
「いいんだよ、俺が誘ったんだし。それに、こういうのは男に花を持たせるものだよ?」
「でも!」
「うーん」
やっぱり似てるものだ、内面の部分が。あの人もかなり頑固だ。なんせ思いきり両思いなのに「上司と部下でそういう関係にはならない」と意地になって体壊した人なんだ。そしてその人と同じ目をしている。
可愛いのと強いのと、両面を持っているのは少し意外だった。
「……ねぇ、アリアちゃん。明日の予定は、何かある?」
「え? いえ、ありません……」
「それじゃ、この分明日に持ち越してもいい?」
「……え?」
分からないという顔をするアリアの擦れていない感じがおかしくて、ウルバスはちょっと悪戯っぽく笑う。唇に指を立てて、片目を瞑って。
「明日、君の体調がよければ俺と今日の続きをしない? 王都は広いから、色んなお店がある。ゆっくり君を案内したい」
「でも、ウルバスさんお仕事」
「大丈夫。今日だって強制休暇取らされたくらい有給が溜まって怒られちゃったんだから、明日も有給使わせてもらうよ。幸い事件もないし、明日も晴れるよ」
海の男の天気予報は当たるものだ。明日も天気は良くて心地よく過ごせるだろう。
アリアは困っているけれど、拒んでいる感じはない。だから押してみるのは、ずるい大人だろうか。
「それとも、ファウスト様がいい?」
「兄様とは嫌です。きっと過保護にするし」
「うん、それファウスト様に言わないであげて。あの人こっそり傷つくから」
それでなくても現在ランバートはスノーネルに行っていて不在だ。この状況であの人が荒れたら誰が面倒見るんだろう。
戸惑っているのは分かる。けれど、見せてあげたいんだ。可愛い小物の沢山ある雑貨屋で、この子はどんな顔をするのだろう。ケーキを食べる顔は本当に幸せそうだったから、甘やかしてみたくなる。
こういうのって、妹を甘やかす兄の気分なんだろうか。
「やっぱり、嫌? 今日会ったばかりだし、ちょっと強引だったかな。あっ! ナンパとかじゃないからね!」
「それは分かってますよ! あの……嬉しい、です。でも本当にご迷惑ではないですか?」
「俺、これでも面倒な事は嫌いなほうだから、嫌なら誘ってないよ」
ニッコリ微笑むウルバスに、アリアは戸惑いながらも最後には強く頷いた。
「明日は私が、ご馳走します」
「はい、期待します」
明日はまた、日常とは違う楽しい時間が過ごせそうだ。ウルバスはにっこりと微笑んで手を引いて、アリアをエスコートしていった。
宿についてフロントで名を伝えると、すぐに老齢な執事と赤茶色の髪に眼鏡の男が迎えにきてくれた。
「爺や、ヨシュア先生」
「あぁ、よかったお嬢様。まったく、こっちは大焦りだよ」
「ごめんなさい」
「まったくだ」
フッと息を吐いて腰に手を置いた医師のヨシュアは、心底ほっとした顔をしている。おそらくとても心配したのだろう。
その視線が傍らのウルバスへと止まり、穏やかに緩められる。そうして近づいて、手を延べられた。
「ウルバス様ですね、ファウスト様より伺っています。今日はアリアお嬢様が大変世話になりました」
「大事がなくてよかったよ。それに俺も、楽しい時間を過ごさせてもらいました」
執事の側にいるアリアがこちらへと視線を向けて、にっこりと綻ぶような笑みを浮かべる。それを見たヨシュアが少し驚いた顔をした。
「ヨシュア医師」
「ん? あぁ、はい」
「もしも明日、彼女の体調がよければなのですが。一日、彼女を連れ出してもいいでしょうか?」
「え!」
今度こそ驚いた顔をするヨシュアは途端に腕を組んで考え込んでいる。アリアは少し不安そうにしている。約束してしまったから、楽しみにしてくれたんだと嬉しい。
「無理はさせませんし、異変があればすぐにこちらか騎士団宿舎につれて行きます。聞けば王都に来る事も稀だと言いますし、俺でよければ少しだけでも楽しんでもらえたらいいと思うのですが」
「そりゃ、俺もお嬢様には楽しんで欲しいと思うが……」
「では、許可を頂けませんか?」
「うーん……」
考えている、あと一押し。チラリとアリアを見たウルバスは悪戯っぽく笑い、ウインク一つ。それを正しく受け取ったらしいアリアが頷いて、ヨシュアの腕を掴んで上目遣いをした。
「先生、お願い。絶対に無理はしないし、ウルバス様の言う事を聞くわ。お薬もちゃんと飲むから」
「うっ! どこで覚えたんだい、そんな目」
「え?」
「……はぁ」
どうやらこれは効果覿面のようだ。まぁ、そうだろう。アリアはそれでなくても美人で素直な性格が表情にも表れる。そんな子が上目遣いで必死にお願いするのだから、少しくらい我が儘を聞きたくなるのが男ってものだろう。
実際ヨシュアは負けた。溜息をつき、アリアの頭を一撫でするとウルバスへと向き直り、ほんの少し睨まれてしまった。
「まったく、困った事を教えんでください」
「俺は教えてないですよ」
「まったく……。ファウスト様からも、貴方は信頼できる誠実な方だと聞いています。そこを信じて、お預けいたします」
「先生! 有り難う!」
嬉しそうにパッと顔を輝かせたアリアがヨシュアに抱きつくものだから、ヨシュアの方は顔を真っ赤にしている。なんとも微笑ましい様子に、ウルバスは笑っていた。
こうして無事にヨシュアからのお許しも得たウルバスは宿舎に戻り、キアランを捕まえ明日の有給ももぎ取った。流石に急すぎて「貴様! せめて二日前には申請を出せ!」と怒っていたけれど、すぐに書類を書いて通してくれる辺り彼はいい人だと思う。
そしてその夜、もう一人許可を取らなければならない人の元へと足を運んだ。
ファウストの部屋はランバートと恋人になってからは、わりと楽に入れるようになった。昔は本当に、滅多に入れてくれなかったが。
迎えてくれたファウストは穏やかに表情を崩してウルバスを入れ、温かいお茶を出してくれる。
「悪かったな、ランバートみたいに上手くは淹れられないが」
「彼が特別上手いだけで、ごく普通ですよ」
ファウストは少し寂しそうに笑って対面に座る。心なしか室内も、ガランとしている気がした。
「やっぱりランバートがいないと、寂しいですか?」
クラウルの刺傷事件で、弱っている親友のゼロスを気遣い捜査の総指揮を執ったランバートは少し忙しそうだった。王都での事件が収束した後も各方面へと手を回して逃げた犯人を囲っていたし。
それに今はその事件で亡くなったノアとレイの遺骨を持って、彼らの故郷へと納骨に行っている。勿論そこまでしなくてもいいのだが、彼なりのケジメの付け方というか、弔いの方法というか。
その間ほぼ放置されているこの人は、今どういった心境なのだろうか。
ファウストは苦笑して、お茶を一口飲んで違和感のある顔をする。いつもと味が違うのだろう、明らかに。
「寂しいが……それを言ってはあいつが困るからな。少しは手を離す練習をしなければ、仕事にも支障をきたす」
「案外大人な事を言いますね。少し前まで絶対に手放さない勢いだったのに」
「うっ。それは、まぁ、離したくない気持ちは大いにあるが……」
あるんだ。
何ともバツの悪い顔をするファウストを笑ってウルバスはお茶を飲む。別に、普通だと思うのだが。
「だが、昔のような焦りはない。あいつが俺から、本当の意味で離れる事はないと思えるからな」
そう言ったファウストはとても穏やかで、静かで深い笑みを浮かべていた。
「ウルバス、今日はすまなかった。アリアの様子はどうだった?」
気を取り直して話題を変えたファウストに、ウルバスは頷いた。
「とても楽しそうな顔をしていましたよ。帰りにお茶もしてきました」
「それはよかった。だがどうして、ルカの店に?」
「仕事をしている様子が、見たかったようです。貴方を含め、仕事の話をしてくれないからと」
伝えれば、ファウストは驚いた顔をしたあとで申し訳なさそうにする。口元に手をやるのは癖だ。
「避けたつもりはないんだが」
「分かりますよ、普段から機密事項ですし癖でしょう。でも、だからこそ見てみたかったようです」
「そうか……。もう少し、普段の話もする様にしよう」
「きっと喜びますよ」
アリアの嬉しそうな笑みというのは回りをほっこりと幸せな気持ちにしてくれる。これできっとまた、彼女の笑みは増えるだろう。
「それと、ファウスト様。もう一つご報告とお願いが」
「どうした?」
「明日も俺、彼女について王都の案内をしたいのですが」
「ん?」
今度こそ首を傾げられた。だが睨まれる事はない。てっきり自分の可愛い妹に妙な虫がついたと言われるんじゃないかと思っていたのだが。
「せっかく王都にいるので、自由に見せてあげたいと思いまして。ヨシュア先生の許可は取ってあります」
「それなら構わないが……お前はいいのか? そこまでする必要は」
「俺は構いませんよ。有給も消化できますし、アリアさんが喜んでくれるなら有意義です」
一人で惰眠を貪るか、暇だなと思いながら部屋で過ごすか、街を見て回るかしかウルバスの休日の過ごし方はない。同じく街を見て回るのでも、側で誰かが笑って喜んでくれるのならそれがいいに決まっている。
それに、思うのだ。コロコロと変わるアリアの嬉しそうな笑みをもっと見てみたいと。驚いた表情、嬉しそうな表情。それらを見るのがきっと好きなんだ。
「あっ、それとも俺みたいなのが妹さんの側にいるのはやっぱり不快ですか?」
ふと浮かんだ事を口にすると、今度こそファウストは分からない顔をする。さっきよりも傾いた頭に、腕まで組んでいる。訝しいというか、なんというか。
「どうしてそうなる? むしろお前なら安心だが」
「ほら、俺呪われてるのでそういうの移るとか」
あっけらかんと笑ったウルバスを見るファウストの目が、鋭く細くなった。明らかな不快感。そういうもの全てを、ウルバスは笑顔で受け流した。
「俺はそういうものを信じていないし、お前が呪われているなんて思った事はない」
「でも、俺の家の話は知っていますよね? あれ、絶対呪われてますよ。そうでなければこんなにも多くの狂人を生み出してはいません。俺が知っているかぎり父も、それに祖父も……」
「ウルバス!」
言葉を遮る強い声に、ウルバスは言葉を切った。ずっと笑みを浮かべたままのウルバスのそれは、仮面のようだった。
「お前の家の話は知っている。だがそれで、お前個人への評価が決まるわけではない。俺はお前個人を信じている。勿論、アリアの事を任せられると思っている。お前も、バカな事を気にするな」
「……そう、ですね」
納得はしていない。この一族は呪われている。それを、ウルバスは疑った事はない。それほどの狂気を父から、そして祖父から感じて育った。
だがファウストが寄せてくれる信頼も分かっている。自らの手で築き上げてきた関係を疑っていないし、寄せてくれる気遣いも嬉しく思う。
だから、この話はここまで。ほんの少し落ちそうになった暗い穴は見ない事にした。
「それでは明日、アリアさんと出かけてきますね」
「あぁ、分かった。ウルバス、有り難う」
「いいえ」
立ち上がり、一つ礼をして部屋を出る。楽しい気分にほんの少しの黒が混ざって、ウルバスは笑顔一つに全てを押し込めて自分の部屋へと戻っていった。
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