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傘を片手に足を早める。なるべく早く歩いて帰ることに集中したかった。
車が水飛沫を跳ね上げた。飛び散った水が彩花に掛かる。
もう少しで家だというのについていない。白いソックスが泥水に濡れ、黒い革靴にも水が掛かっていた。
彩花が横断歩道を渡ろうとしたときだった、背筋の凍るような寒気に襲われた。
青に変わりかけた信号が黄のライトのまま不自然に点滅する。
彩花は目を疑った。周囲の人が消えていく。まるでホラー映画を見ているような気持ち悪さに息を呑んだ。
「行ったよ、スカイ!」
少女の声が響いたのは空からだった。
「任せろ! ミオ!」
少年が叫んだと同時に黒い影が彩花の頭上を通りすぎる。
彩花の視界に黒い影が滑り込んだ。巨大な鯨が大口を開けたところだった。
「行くぞ! スクランブル!」
少年が叫んだ言葉に反応したように光が束となって鯨の口に吸い込まれていく。
鯨がのたうち回ったことで地震が起き、彩花は尻餅をついた。
何が起きているのかという素朴な疑問だけが彩花を縛った。
鯨が暴れ狂う。それなのに周囲にはなんの影響もない。
恐怖の中で彩花は喉の渇きを覚えた。
何かのアトラクションかとも思ったが違うということは直ぐに理解した。
鯨に巻き付く、植物の蔦。
「ミオ!」
「スカイ! 一気に決めるよ!」
少年少女の声が重なる。
「トライワイト!」
再び、世界に振動が走った。
響き渡った奇声が余りにも強すぎて彩花は耳を塞いだ。それでも耳鳴りのように浸透する音に負けて彩花は意識を失った
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