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人狼ゲーム 1日目
スピーカーから無機質な女性のアナウンスが聞こえた。
「それでは一日目の追放会議を開始してください」
彼らはただ黙ったまま、それぞれが互いをけん制するように、他の者達の様子を窺っていた。
「そんなこと言われても……ね」
「どうすればいいのか……」
麻衣と由香里が困惑の色を露にすると、他の者達もその意見に同意といった感じの様子だった。
そんな中、教室中央あたりに座っていたふたり組みが突如名乗りを上げた。
「ここはぼくたちの出番かな」
「そのようでござるな」
小さな丸めがねが印象的な斉藤公一と、太っているせいか顔にいつも汗をかいている増岡力也だ。彼らはいつもふたりだけで独自の世界を築いており、とくに力也は臆面もなく独特なしゃべり方をするため、クラスメイトからも距離を置かれている存在であった。
「何だよ、キモオタども。引っ込んでろよ」
隼人が野次を飛ばす。
「ぼく達はこの人狼ゲームを何度もやったことがあるんだ。だからもし聞きたいことや分からないことがあれば教えるよ」
公一が掛けていた眼鏡をくいっと上げながら言った。一同の視線が彼に向けられる。
「質問があるんだがいいか?」
誠だ。
「ゲームには大抵必勝法やセオリーみたいなものがあると思うんだが、このゲームにはそういうものはないのか?」
「う~ん、必勝法はないかな。でもセオリーだったらいくつかあるよ。ゲーム開始後にまず役職のカミングアウト(以下CO)をするのもそのひとつさ。自分の役職が何であるかを全員に向かって宣言するんだ」
「よし、じゃあ人狼のやつは今すぐ名乗り出ろ!」
誰の何の反応もなく、隼人の声はむなしく消えた。
「バーカ、そんなことするわけないだろ。COするのは村人陣営の人間だろ? ちょっと考えれば分かるだろ」
哲夫がけらけらと笑った。
「でもCOしないほうがいい役職もあるんだ。例えば狩人。狩人は村人を人狼の襲撃から守るのが仕事だから、できるだけ長く生き残ったほうが村人陣営に有利になるからね。COなんてしてしまったら真っ先に人狼にかみ殺されてしまうよ」
「ほかにも猫又もCOしないほうがいいでござるな。猫又は人狼にかみ殺されて、人狼を一匹道連れにするのが仕事でござる。COしてしまっては人狼に狙ってもらえなくなってしまうでござるよ」
「じゃあ占い師と霊能者はいまここでCOしてもらったほうがいいということだな?」
誠の問いに、経験者ふたりはこくりとうなずいた。
「じゃあまず、霊能者は手を上げてくれないか」
誠の言葉に反応を示す者はいなかった。
「おい、さっさと手を上げろよ!」
痺れを切らした隼人が叫んだ。
「……怖いんだと思う」
沈黙の中、そうつぶやいたのは麻衣だった。
「だって霊能者とか占い師ってすごく重要な役職でしょ。人狼にとっては真っ先に何とかしたい人物じゃない。つまりそれだけ……殺される可能性が増すってことでしょ? 怖いに決まってるよ……」
教室は重い雰囲気に包まれた。
「まあ霊能者は必ずしも今すぐCOする必要はないからね。霊能者の仕事は二日目から始まるから、初日はCOしないで人狼に狙われないようにするっていう作戦もあるぐらいだし。たいした問題じゃないよ」
公一が明るい口調で言った。
「じゃあ自分は占い師だって言う奴は手を上げてくれるか」
誠の問いに、またも反応を示す者はいなかった。
「できれば占い師の人にはCOして欲しいな。村人陣営にとっては、占い師の情報が最大の武器といってもいいほど重要なんだ」
と、公一。
すると一本の腕がゆっくりと宙へ動いた。全員の視線がその腕の主へ向けられる。
「由香里……」
手を上げたのは泉由香里だった。その顔は、何か覚悟を決めたかのような硬い表情をしている。麻衣が彼女に話しかけようとしたそのときだった。
「由香里、何言ってんだよ。占い師は俺だろ?」
物言いがあった。それは由香里のすぐ隣にいた人物、林隆俊だった。挙手をしたまま見つめあうふたり。全員を困惑が襲った。
「おい、どういうことだよ。占い師ってひとりしかいないんじゃねえのか!?」
その戸惑いをすぐ口にもらしたのは隼人であった。
「どちらかが嘘をついているということでござるよ」
力也が極めて冷静な口調で言った。
「じゃあ、このふたりのうちどっちかが人狼ってことか!?」
「その可能性もあるし、狂人の可能性もあるでござるが、どちらかが人狼陣営の人間であることは間違いないでござるな」
息巻く隼人に力也が答えた。
「一体どっちが人狼だって判断すりゃいいんだよ!」
「落ち着いてよ。今すぐどっちが本物かなんて判断できないよ。今後の占いの結果や発言なんかで見極めていくしかないんだ」
周囲の混乱をよそに、当の本人達はただ黙って互いを見つめ合っていた。普段は中のいい友人が、今は自分を騙そうとしている。その疑心暗鬼の渦に飲まれようとしていた。
「ちょっとふたりに聞きたいんだけど、初日の占い結果ってもう出てるよね? 聞いてもいいかな?」
公一の質問に、自称占い師のふたりははっと我に返った。
「あ、うん。私は麻衣を占ってみたの。結果は村人だった」
由香里は麻衣を見ながら喜々とした表情で言った。麻衣は穏やかな微笑を浮かべ、ただ小さくうなづいた。
「俺は誠を占ってみたよ。当然村人だったけどな」
「一応どうしてその人を占ったのかっていう理由も聞いておきたいんだけど、まあ今日は聞く必要ないかな」
親友が心配だったから――。それはここにいる誰もが理解できる感情だった。
「結局誰が人狼か分からないじゃねえか。じゃあ今日は一体誰が死ぬことになるんだよ」
隼人が言っているのは村内で行われる投票のことだ。
「まあ俺は俺じゃなかったら誰でもいいんだけどよ」
「おい、てめえ。それじゃあ俺が死んでもいいってことかよ」
隼人の発言に哲夫が食って掛かる。
「お前が人狼っていう可能性もあるしな」
「へっ、そういうてめえこそ人狼なんじゃねえのかよ!」
「何だとこの野郎!」
「よせ、今は喧嘩なんかしてる場合じゃないだろ」
誠が二人の喧嘩を身を挺して止めに入ったおかげでその場は何とか収まった。
「斉藤、今日みたいに有力な情報がないときはどういう基準で投票先を決めればいいんだ」
「嫌いな奴に入れればいいんじゃねえの?」
誠の公一に対する質問に、隼人が割って入る。
「それじゃただの不人気投票になるだろ」
「別にいいじゃん。そいつが人狼かも知れねえし、嫌われ者がいなくなりゃ村の雰囲気もよくなるだろ」
「お前分かってねえな。そんなことしたらお前が真っ先にこいつらに殺されるに決まってるだろ」
哲夫の意見に、隼人はようやく自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。
「おい、お前ら。今のはほんの冗談だ。そんな人気投票みたいなことしたって何の意味もない。そうだろ、な?」
周囲の無反応ぶりを見て、隼人は説得の方針を変えた。
「いいかてめえら、もし俺に投票なんてしてみろ。ぶっ殺してやるからな!」
そう言って勢いよく立ち上がり、自分のかばんに忍ばせてあったナイフを取り出すと、それを突き出した。女子の絹を裂いたような悲鳴が教室にこだまする。
「やめろ、五十嵐!」
「いいか、俺に投票した奴は全員俺がぶっ殺す。覚えとけ!」
そう言い放つと、隼人はどっかりと腰を下ろした。静まり返った教室に、哲夫の堪えきれない下衆な笑い声だけが響いた。
「斉藤、さっきの質問の答えが聞きたい」
「ああ、特に決め手になる情報がないときは、『今後村の役に立たないであろう人』に投票するのがセオリーかな」
「具体的には?」
「発言が少ない人だね。このゲームでは発言が有力な情報源なんだ。過去の発言との矛盾を突いたり、人狼陣営寄りの発言をしていないかとかね。だから発言が少ないと、ボロを出したくない人狼がわざと黙っていると取らざるを得ないんだ」
「それならピッタリの奴がいるじゃねえか」
隼人は名前を出さなかったが、一同の視線は、自然とひとりの男子生徒に向けられた。井上正康である。
一番前の席にひとりでポツンと座っていた彼は、背後からの複数の視線に気付いているにも関わらず、やはり口を開くことはなかった。
「ちょっと待てよ、いくらなんでもそんな理由で井上くんを処刑するなんて可哀そう過ぎるだろ」
隆俊だ。
「じゃあお前が代わりに死んでもいいんだぞ」
隼人が露骨に不機嫌な態度で返す。
「いや、それは無理だよ……。だ、だって俺、占い師だし……」
「だったら黙ってろよ! このヘタレ野郎が!」
「お前もしかしていい奴ぶって自分は村人だって思わせようとしてる人狼じゃねえの?」
隼人の罵倒に哲夫が加わる。
「やめろ!」
誠の一喝で口論は収まった。
誠は席を立つと正康の傍へ赴き、優しく話しかけた。
「井上くん、何か意見はあるか?」
ちょっと間黙っていた正康は小さく口を開いた。あまりの小さな声に、誠は彼の言葉を聞き取ることができなかった。
「……え?」
「……いいよ、ぼくで」
正康なりに振り絞った声は、今度はクラスにいるものすべてに聞き取ることができた。
「ほらみろ、本人がいいって言ってるんだからいいじゃねえか」
「そうだそうだ」
隼人と哲夫が、馬鹿にしたような野次を飛ばす。
「井上くん、本当にいいのか?」
「ぼくじゃ役に立たないから」
正康はうつむいたまま微かに笑った。
「井上くん、きみがもし霊能者なら今ここでCOしたほうがいい」
公一の問いに、正康は小さく首を横に振るだけだった。
「やっぱり井上くんを処刑するべきじゃないと思う」
麻衣が言った。
「もし井上くんが人狼だったら、こんなにあっさり自分が処刑されることに納得するはずないでしょ」
この意見には、全員が一定の説得力があるように感じた。
「じゃあお前は誰を処刑するべきだと思うんだよ」
哲夫が投げやりに尋ねる。麻衣は一度視線を落とすと、意を決したようにこう言い放った。
「私を処刑して」
この発言には誰もが驚きの反応を見せた。
「麻衣、何言ってるの!?」
「そうだ、お前は由香里から白判定を出されているんだぞ」
由香里と誠が思わず説得にかかる。
「占い師のひとりから白判定を出されている人を処刑すれば、そこから大きな情報を得られることもあるのは事実だけど……」
「だったら別に一条さんを処刑してもいいんじゃない?」
公一の発言に、レナが喜々として続いた。
「でもそれは霊能者が確定しているときに限るんだ。現時点で霊能者は名乗り出ていないし、今後も名乗り出てくれる保証はない。だからここで一条さんが処刑されるのはあまり得策ではないと思うな」
「それに麻衣の意見に則って言えば、麻衣が人狼なら自分から処刑してくれなんて言うはずがないだろ」
公一の意見を誠が援護する。
「ちょっと宇佐美くん必死過ぎ。やっぱり彼女が死んじゃうのは耐えられないから?」
レナがふざけた口調で煽る。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
誠が声を荒げる。
「もういいよ!」
一同は突然聞こえた普段あまり聞き慣れない大声がしたほうを見やった。そこには席から立ち上がり、小刻みに震える正康の背中があった。
「もういいよ、ぼくで……」
先ほどとは打って変わって、蚊の鳴くようなか細い声で正康は続けた。
「今日助かったとしても、どうせいつか死ぬんだ。だったら早いほうがいいから……」
水を打ったような沈黙が教室を包んだ。
その刹那、スピーカーから無機質な女性の音声が聞こえてきた。
「投票の時間となりました。お持ちのスマートフォンに表示されている投票画面から、処刑したいと思う人物を選び、決定ボタンを押して投票してください」
各々が自分のスマートフォンの画面を見ると、アナウンスのとおりの投票画面が表示されていた。
「いいかてめえら、絶対に誰かしらには投票しろよ! 連帯責任なんだからな!」
隼人の怒号が飛ぶ。ある者は早々と、またある者は震える手で、次々と決定ボタンを押していく。そして再びスピーカーから音声が流れた。
「投票結果が出ました。お手元のスマートフォンをご覧ください」
一条麻衣→五十嵐隼人
宇佐美誠→五十嵐隼人
林隆俊→井上正康
泉由香里→井上正康
五十嵐隼人→井上正康
安部哲夫→井上正康
波多野レイ→一条麻衣
佐藤健太→井上正康
斉藤公一→井上正康
増岡力也→井上正康
菅谷雄太郎→井上正康
小野英吉→井上正康
川村京子→井上正康
児嶋亜美→井上正康
井上正康→一条麻衣
「投票の結果、本日の処刑は井上正康に決定いたしました」
アナウンスが終了すると、正康は突然席を立ち、おもむろにどこかへ向かって歩き出した。
「井上くん……?」
周囲の疑問などものともせず、彼は教室を出て行ってしまった。一抹の不安を感じた一同は、正康の後をついて行くことにした。
「井上くん、突然どうしたの?」
麻衣の質問に正康は答えない。なおもはっきりとした足取りで廊下を歩いて行く。
「井上くん、ちょっと待てって」
前に回り込んだ誠が見たのは、瞬きひとつせず、瞳孔が開ききった正康の常軌を逸した瞳であった。ただならぬ恐怖を感じた誠は、正康の動きを静止しようと試みた。強めの力で正康の両肩を掴んだのだ。
しかしものすごい力に押されてそのまま数歩後ずさると、思わずその手を離してしまった。まるでゆっくりと動く重機を素手で止めるような無謀な感じ――。誠は先ほどの一瞬でその感覚を味わったのだ。
正康は教室のあった2階から3階の階段を上っていく。3階へ到着するとそのまま屋上へ続く階段へと歩を進めた。その瞬間、何かに気付いた誠が叫んだ。
「みんな、井上を止めろ!」
すると察しのいい者から順に、正康がしようとしていることを理解し、動揺の色を見せ始める。次々と誰かが正康の身体を引っ張って止めようとするが、その圧倒的な力の前にそれが不可能であると悟っていく。
周囲の混乱をよそに、正康は屋上の扉を開け、外へ出て行く。屋上には本来であればそこにあるはずの、落下防止用のフェンスがなかった。これから起こるであろう事態を想像し、泣き出してしまう女子までいた。
その後も正康は、まるでその先にも道が続いているかのような一定のペースで淡々と歩き続け、そしてあっさりと校舎から落ちた。つい先ほどまで姿が見えていた彼は、黒の世界に飲み込まれてしまった。生徒達の悲鳴が黒の世界にこだまする。
そんな中、果敢にも麻衣だけが屋上を駆け出し、正康が落下した地点へ目を向けた。そして眼下に広がる衝撃の光景に、思わず目を見開いて驚愕したのだった。
その瞬間、彼らは突然意識を失い、全員その場に倒れてしまった。
翌日、犠牲者は出ず、村には平和な朝が訪れました。
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