人狼ゲーム 2日目

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人狼ゲーム 2日目

 スピーカーから昨日と同じ無機質な女性のアナウンスが聞こえた。 「それでは二日目の追放会議を開始してください」  一同が目を覚ますと、教室の机にそれぞれ突っ伏していた。 「……あれ、誰も減ってなくね? 昨日の夜に誰かひとりが人狼に殺されるんじゃねえのかよ」  辺りを見回しながら隼人が言った。 「お、これは狩人グッジョブ(以下GJ)でござるか?」 「何だよ、狩人GJって」 「狩人が護衛に成功したこと、またはそれに対する賞賛の言葉でござるよ」  隼人の質問に、力也が答えた。 「へえ、やるじゃねえか狩人」 「その口ぶりじゃ、どうやらお前は狩人じゃねえみたいだな」  力也の言葉に哲夫が茶々を入れた。 「う、うるせえな、いいだろ別に」  哲夫がイタズラな笑顔で笑う。 「まあそうじゃない可能性もあるけどね」 「どんな可能性だ?」 「人狼が妖狐を噛んでしまった可能性さ。妖狐は人狼に噛まれても死なないからね」 「斉藤はどっちだと思う。狩人GJか、人狼の妖狐噛みか」 「う~ん、微妙なところだね。狩人GJだとしたらおそらく護衛先は昨日占い師にCOしたどちらかが有力だと思うけど、人狼としてもいきなり占い師を噛みにいくのはかなりリスキーだからね」 「何故だ?」 「もし占い師騙りが狂人だとすると、貴重な自分達の仲間を噛んでしまう可能性があるしね。それも50%という高確率で。ちょっとあり得ないでしょ」 「つまり誰かグレーの人間を噛みにいってたまたま妖狐に当たってしまったってことか」 「恐らくね」 「でも狩人が占い師候補のふたり以外を護衛して成功した可能性もあるんじゃないかしら」  誠と公一の会話に麻衣が参加した。 「確かにその可能性もあるね。確率としては低そうだけど」 「そろそろ占い師のふたりに昨夜の占いの結果を聞いてもいいでござるか?」  力也がこの話題は一段落ついたと判断し、話題を変えた。 「私は五十嵐くんを占ってみたの」 「え、マジで? 俺も五十嵐を占ったんだよ」  由香里の発言に、隆俊が驚いて顔を見合わせる。 「は、俺!?」  隼人が目を丸くした。 「結果はどうだった?」 「残念だけど人間だった」 「俺も」  公一の問いに、ふたりは落胆しながら答えた。 「おい、てめえら。残念ってどういうことだよ」 「何でふたりとも五十嵐を占おうと思ったんだ?」  誠は隼人の言葉を無視して話を進める。 「一番人狼っぽかったから」  自称占い師のふたりは声を揃えて言った。 「人狼っぽいっていうのは何か根拠があってのことかな。それともただ見た目や雰囲気がってこと?」  後ろでわめく隼人を尻目に、公一はふたりに質問を投げかけた。 「見た目や雰囲気のほうだよね」 「そうそう」 「じゃあ五十嵐くんは村人で確定ってことだね。おめでとう」  この公一の発言に、隼人の怒鳴り声はピタリとやんだ。 「そうなのか?」 「占い師がふたりとも人狼陣営の人間でふたりそろって嘘をついているという可能性もないことはないけど、まあそんなことは滅多にないからね。五十嵐くんはほぼ間違いなく村人といっていいんじゃないかな」 「そ、そうか。じゃあ俺はもう投票で殺される心配はないってことだよな」  隼人は息を荒くして、喜びを隠しきれないといった様子だった。 「あ、でも……」と言いかけて、公一は口をつぐんだ。 「なんだよ、気になるだろ。言えよ」 「これ言っていいのかな。言わないほうが五十嵐くんのためかも……」 「言えって言ってるだろクソメガネ!」 「じゃあ言うけど、確定白判定を出された人は人狼に狙われやすいんだ。村人陣営の人間を確実にひとり減らせるからね。グレーの人物を狙うと、妖狐を噛んでしまって村人陣営の人間を減らすチャンスを一回失ってしまったり、下手をすると潜伏していた味方である狂人を噛んでしまうことにもなりかねないからね」 「お前、今夜死ぬな」  哲夫が含み笑いを浮かべながら言った。 「おい、い、いいか狩人の奴。今日からはずっと俺の護衛をしろよ。さもないとぶっ殺すぞ!」 「その前にお前が死ぬだろバーカ」 「うるせえ、黙ってろ哲夫!」 「もし霊能者がCOしていれば、ここで前日に死んだ井上くんの霊能結果を聞きたいところなんだけど……」  不良達のやりとりを尻目に、公一は淡々と話を進める。 「やっぱり誰も霊能者だってCOしてくれる気はないのかな」  やはり公一の質問に応える声はなかった。 「いい加減名乗り出たらどうなんだよ!」  隼人の怒号が響く。 「無理強いはできないよ。まあ黒判定が出るまで霊能者はCOしないってこともよくあるし、それまでは別に問題ではないよ。でも黒判定が出たときは、さすがに名乗り出てもらいたいけどね」  と、公一。 「それで、今日は一体誰を処刑するんだよ。俺以外で」  隼人が勝ち誇ったように言った。 「五十嵐くんはどう思う?」 「ちょっと待て、なんであんな奴の意見を聞くんだ。あいつの意見なんて何の役にも立たないだろ」 「あ? 何だと、宇佐美」  公一の隼人に対する質問に、誠が割って入る。 「五十嵐くんの意見は確定村人っていうだけで貴重なんだ。無条件に信頼できるからね」 「そもそもこいつの人間性自体が信用できないんだ。たとえ確定村人だとしても、こいつの意見が村にとって有益とは思えない。むしろこいつの偏った考え方が村に混乱を招きかねない」  公一の意見に誠が反論する。 「俺は宇佐美が怪しいと思うね。確定村人である俺を信用しないなんて、どう考えても人狼だとしか思えねえ。疑う理由としちゃ至極全うだろ、なあクソメガネ」 「それはまあ……」  一同は、隼人の言うことは正論だが、誠の意見にも一定の理解を示しているようだった。 「私は昨日議論に参加しなかった人達の意見を聞いてみたい」  麻衣が話の流れを変えた。 「そうだな。……菅谷達は昨日の議論を聞いてどう思った」  誠に名指しされた坊主頭のふたりはぎくりとして彼を見やった。菅谷雄太郎と小野英吉はともに野球部に所属する仲のいいふたりであった。 「え、俺達?」  ふたりは戸惑いながらお互いの顔を見つめ合う。 「正直言ってよく分からないよ。この中の誰が人狼かなんてさ……」 「もっと些細なことでいい。何が印象に残っているとか」  誠の更なる質問に、最初に口を開いたのは雄太郎だった。 「一条が井上くんの身代わりになるって言い出したときは驚いたよな」 「ああ、そうそう。なかなか出来ないよな、あんなこと」 「ふん、バカじゃないの!」  野球部のふたりの意見に割り込んできたのはレイだった。一同は彼女のほうに視線を向ける。 「あんなの計算に決まってるじゃない。私達の印象をよくするための計算!」  レイは勢いよく席を立ち上がった。 「言っておくけどアタシは一条さんが人狼だと思ってるから。あんな見え見えの点数稼ぎも見抜けないなんて男って本当にバカ!」 「でも一条ってもともと正義感が強い奴だし、あれぐらいのことしてもおかしくないと思うんだけど……」  息巻くレイに雄太郎が恐る恐る反論を試みる。 「もともと死ぬつもりなんてないのよ。自分が身代わりになるって言っても誰かが止めてくれることを分かってるの。それも全部計算した上で悲劇のヒロインを演じただけなのよ!」 「お前、いい加減に……」  レイの元へ詰め寄ろうとする誠の腕を、麻衣がぐっと掴んだ。誠が振り向くと、麻衣はわずかに口角を上げ、小さく首を横に振った。 「さすがに妄想入り過ぎだろ」  隼人が苦笑いを浮かべる。 「ふうん、あんた一条さんを庇うの。ああそうね、それも当然ね」  レイは何かを知っているといった口振りで言った。 「何だよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」 「あら、いいの言っても」 「さっさと言えよ」  レイはわざとらしく一呼吸置くと、しっかり隼人を見据えてこう言った。 「あんた、一条さんのこと好きなんでしょ」  一瞬教室を沈黙が包んだかと思うと、すぐさまそれは隼人の絶叫によって破壊された。 「はあ、何言ってんだてめえ!」 「気付いてないとでも思ったの!? アタシには全部お見通しよ!」  レイと隼人による取っ組み合いが始まった。 「もうよせって、止めろって」  側にいた哲夫が仲裁に入る。しかしその顔は、ニヤニヤとしただらしのない笑顔であった。彼にとってはこの小競り合いが面白くて仕方がないのだろう。  何とかその場は収まり、隼人とレイはそれぞれの席へ戻った。不機嫌そうに眉間にしわを寄せる隼人の顔が、普段の彼のそれよりも紅潮していたのは誰の目にも明らかであった。 「……じゃあ、川村達はどうだ」  誠は、閑話休題とばかりに、ふたりの女子生徒に話を振った。  女子生徒達は不安そうに互いに顔を見合わせた。  川村京子と児嶋亜美はともに吹奏楽部に所属している。控え目で、クラスでもそれほど目立つ存在ではない。 「私は……阿部くんがちょっと気になる」  亜美が恐る恐る口にした。 「阿部くんと五十嵐くんは、ほかの人を煽ってばっかりだったから。もしかして自分から注意をそらしたいんじゃないかなって思ったの。でも五十嵐くんはもう村人って分かったから、それで……」  語気が弱かったものの、亜美ははっきりと自分の意見を述べた。 「誰が人狼か分からない以上、常に全員を疑うのはだめなことか? それに言わせてもらうが、俺は昨日何も発言しなかったお前らを疑ってるからな。目立たなければ助かるとでも思ってるんだろ。お前らみたいな根暗な奴が考えそうなことだ」  哲夫は嘲笑を浮かべた。気まずい雰囲気が教室に流れる。 「じゃあ、佐藤はどうだ?」  誠が指名したのは、隼人たちの側で常に起立し続けている佐藤健太だった。 「ああ、お前いたんだ」  哲夫がバカにしたような口調でそう言うと、クククッと含み笑いをした。 「佐藤、お前は何か気になる点はあったか?」  再び誠が質問を投げかけると、健太は真っ直ぐに哲夫の顔を見据えてこう言った。 「ぼくも児嶋さんに同意見だよ。阿部くんが怪しいと思う」  この発言には一同も驚きの色を隠せなかった。なぜなら隼人たちに奴隷のように扱われている健太にとって、彼らはいわばご主人様のような存在だからだ。中でも最も驚いたのは哲夫本人であった。 「お前、何言ってるか分かってんのか!」  哲夫が怒りの形相で健太に詰め寄る。しかし怯むことなく健太はこう続けた。 「分かってるよ。思ったことを言ったまでさ。今ここでぼくを殴るかい? 好きにすればいい。どうせもうすぐ死ぬんだ。早くしなよ、ほら」  健太の目は据わっていた。覚悟を決めた人間の目をしていた。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた哲夫にもそれは分かった。それは哲夫を黙らせるのに十分なものであった。哲夫は怒りのやり場を失い、どっかりと椅子に座り込んだ。 「そろそろ投票先を決めないといけないな。斉藤、今日の処刑はどうする」 「うーん、グレランかなあ」 「グレネードランチャーのことか?」  誠と公一の会話に隼人が割って入る。 「グレーランダムだよ。誰にも占われていなくて、なおかつ何の役職にもCOしていない人、つまりグレーの人の中から投票先を選ぶ方法さ」 「グレーの中から、自分が怪しいと思う奴に投票するのか」 「そうそう、この投票先も結構重要な情報だったりするんだよね」 「みんなはこの方法でいいと思うか? 反対の人は手を上げてくれ」  手を上げる者はいなかった。 「じゃあ投票の前に、何か意見がある人はいるか」  厳ついシルバーのブレスレッドをつけた一本の腕がゆっくりと上がった。一同がその腕の主へ視線を向ける。 「……さっき言ったことは取り消す」  隼人だった。 「宇佐美にあんなこと言われて腹が立って、つい宇佐美を疑ってるなんて言っちまったんだ。すまん……」  あの隼人が誰かに謝るのを見たのは彼らにとって初めての経験だった。この珍事は、彼らが隼人の言葉に真剣に耳を傾ける理由としては十分過ぎるものであった。 「コイツはさ、もともとこんな性格なんだよ。いつも人を小ばかにしたようなさ……。いつも通りなんだよ。だからさ、人狼とかじゃないと思うんだ。あんまり攻めないでやってくれよ。頼む」 隼人は照れくささからか、哲夫と目を合わせないようにしながら、言葉を詰まらせつつ言った。 「それと今日の議論を聞いててさ、まともな意見を何も出さなかったあのハゲコンビのほうがもっと必要ないと思ったんだ」  話に聞き入っていたハゲコンビこと雄太郎と英吉は、突然の名指しに素っ頓狂な声を上げた。 「特に小野はただ菅谷の意見に相槌を打っていただけなんだから、こんな無能な村人はいらないだろ」 「ち、ちょっと待てよ。それを言うなら川村さんなんて一言もしゃべってないだろ。俺よりもっと酷いじゃないか!」  隼人の突然の攻撃に、英吉は必死の反論を試みる。名指しされた京子は、今にも泣き出しそうな顔でただ黙ってうつむいていた。 「京子に罪をなすりつけるつもり!? 最低!」  京子の親友である亜美が怒りをぶつけた。 「いや、そういうわけじゃ……」  混乱を制するように、スピーカーからアナウンスが流れた。 「投票の時間となりました。お持ちのスマートフォンに表示されている投票画面から、処刑したいと思う人物を選び、決定ボタンを押して投票してください」  各々がスマホを手に取り、ボタンを操作していく。この日は前日に比べて、結果が出るのに時間がかかった。それだけ投票先に悩んでいた人物がいたことがうかがえる。 「投票結果が出ました。お手元のスマートフォンをご覧ください」 一条麻衣→小野英吉 宇佐美誠→小野英吉 林隆俊→小野英吉 泉由香里→小野英吉 五十嵐隼人→小野英吉 安部哲夫→小野英吉 波多野レイ→一条麻衣 佐藤健太→阿部哲夫 斉藤公一→小野英吉 増岡力也→小野英吉 菅谷雄太郎→阿部哲夫 小野英吉→阿部哲夫 川村京子→小野英吉 児嶋亜美→小野英吉 「投票の結果、本日の処刑は小野英吉に決定いたしました」  アナウンスが終わると、正康のときと同様に、英吉は立ち上がり教室を出て行った。ただ正康のときと違ったのは、誰もその後を追う者がいなかったという点だ。この教室にいる誰もが、彼の行先も目的も理解していたからだ。  友人の雄太郎も、ただこの場を去っていく英吉をただ見ていることしかできなかった。  そして彼らは前日と同様に、突然意識を失ってしまった。  翌朝、児嶋亜美の姿が教室から消えていました。
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