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(5)火
「先生、蝋燭の火を点けますよ」
僕は仏間に座る先生のために、蝋燭の火を点けた。
火が消えないように慎重に。
僕は手を合わせた。
「灯明(とうみょう)」
「この灯火のように世を明るく照らし、迷える人の導きになるようにという思いが込められた戒名だと生前先生は仰っていましたね」
「弟子たちも檀家の人たちも、万人に優しく聡明な先生に相応しい名前だと言っていました」
「でも」
「僕はその名で先生を呼んだことは一度もありませんでした」
「俗名、先生が出家する前の名前の方が好きだったからです」
「先生は疑問に思って下さいましたか?」
「思わなかっただろうな」
先生は、何も言わなかった。
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