1話 新入生初めました!

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1話 新入生初めました!

 酷く歪に思える自身の制服姿に舞羽遥は顔を顰めた。  周りを見れば中学時代とは違い、僅かに色気づいた女子達と男子達が落ち着きない様子で期待の視線をそちらへ向けている。  視線の先に目を向ければ、新入生歓迎会と称された部活動ごとの活動紹介が行われていた。  サッカー部から始まり、テニス、野球、バレー、卓球……もういくつ目になるのか。  部活動などに入部する予定のない遥には、儀式めいた活動紹介が永遠に続くように思えた。  不意に隣に座る生徒を見れば、丁度お目当ての部活動だったのだろうか。目の前の吹奏楽部の演奏を真剣な眼差しで眺めていた。  高校の部活ともなれば青春の代名詞と言えるだろう。高校三年間の間、どこの部活に所属するのか。それによって高校生活の青春が左右されると言っても過言ではない。  とはいえ、やはり舞羽遥という新入生には無関係な話ではあるが。 「――では、以上で部活紹介を終了します」  その言葉を聞いて、この退屈な時間からようやく解放されたと遥は息を吐いた。 -------------- 「ハルは何の部活に入るか決めたー?」 「私は何処にも入らないよ。それよりもこの後、どうしよっか」  春咲高校に入学してから今日で一週間が経過した。  入学初日、新しいクラスで友人が出来るのか不安に押しつぶされそうになっていたのも、今では懐かしい話だ。  運よく幼馴染と同じクラスになれたおかげで、生憎と友人作りにも苦労はしなかった。 「えー、どうして? せっかくだし入ろうよー。マネージャーとか楽そうで良いじゃん!」 「言っとくけど、マネージャーになったからってイケメンでキャプテンな先輩と付き合えるわけじゃないからね」  詩音(しおん)寧々(ねね)。  遥とは物心付いたころからの付き合いである彼女は所謂、幼馴染だ。  舞羽遥という人見知りで奥手な少女が新しいクラスに馴染めたのも彼女のおかげだろう。  二人は対照的と言える性格ながらも、かれこれ十一年もの付き合いになるのだから可笑しな話だと。そして対照的なのは性格に限らず体系にも表れているせいで、二人を知る友人たちからは面白おかしく弄られていた。  そんなこともあってか。遥は寧々の豊満な膨らみに冷たい視線を送りながら、静かにため息を吐いた。 「というか、部活って仲間とか友情とかそういうのを求めて押し付けるじゃん? 私はそれに付き合いたくないんだよね」 「でた、ハルのクール気取りキャラ!」 「気取ってない! 事実!」 「はいはい。とりあえず、適当に何か見に行こうよ。どうせ、何も予定はないんだしさ」  嫌だ嫌だと駄々をこねる遥に呆れたように微笑むと、寧々は彼女の腕を力強く掴んだ。  腕に伝わる柔らかな感触に腹が立ち、遥は徐に寧々の頬を引っ張り反抗を試みるも、果たしてそこにいたのは般若の形相を浮べた幼馴染。  思わず、遥は顔を引き攣らせて震えた声で問いかけた。 「寧々……顔、怖いんだけど?」 「誰のせいでしょうねー。ほら、とっとと行くわよ!!」 「た、助けてー!!!!」  ズルズルと引きずられて、遥は微塵も興味のない部活動見学へと連行されるのであった。 ----------- 「なんだかどこもパッとしないわね」 「別にここは強豪校ってわけでもないしね。それに部活なんて元々、そんな輝かしいものでもないと思う」  自分が行こうと言ったくせに、と唇を尖らせて遥はつまらなさそうに野球部の活動を眺めた。投げた球を金属製の棒で打ち返し、当たれば更に走り出し――それほど汗を流して、全力で打ち込むようなことなのかと思わずにはいられない。  夕日に照らされる彼らを全力で指導する監督も。陰ながらにも動き回っているマネージャーも。遥には下らない、馬鹿げた景色にしか見えなかった。 「努力したって汗を流したって結局は負けるんだから。そんなに頑張る意味ないと思うな」  吐き捨てるように言って、遥はその場から立ち上がった。 「ハル?」  寧々が覗き込むように顔を伺ってくる。遥はその視線から逃れるように顔を背けると、心なしか早い足取りで歩き始めた。 「あー、ごめん。怒った?」 「別に。ただ、馬鹿だなーってあの人たちを見てて思っただけ」 「……そっか。うん、そうだよね」  何処か曇った表情を一瞬だけ浮かべるが、寧々は直ぐに普段通りの笑顔を見せた。そして金に染まった髪を数回に渡り細い指で弄るとその数秒後。思い切り、遥の背を叩き――。 「いった!?」 「あと一カ所だけ、見たいところがあるんだよねー」  そう言って、再び遥の手を取って走り出した。  寧々の言葉を聞いて、遥はただげんなりとした顔つきで二度目の連行にため息を吐いた。 ------------  春咲高校には二つの体育館がある。一つは遥達新入生が先ほど、部活動紹介を見せられていた新館と呼ばれる体育館だ。もっぱら授業やバドミントン、バレー部の活動に使われている。  そしてもう片方、曰く旧館と呼ばれているそこは校舎から見て、南の位置に建っている。日の当たらない、薄暗く、かび臭い、遅くても来年には取り壊しの予定のある体育館だ。  授業で使われることは一切なく、部活動で使用しているのは僅か一つの部だけ。  もっとも、その部活動自体も廃部の危機を孕んだ未来のない部であるため、校内の生徒達からは「旧館とお似合いの衰退部」として嘲笑の的になっているのだが。 「ねえー、いい加減帰ろうよ。こんな場所で部活なんて誰もやらないってば」 「いいから付いてくる。ちゃんとハルにピッタリの部活があるから」 「ええ……」  ここで活動する部活はろくなものではないと偏見を持ちながらも遥は周囲を見回す。  遠くから聞こえる運動部の活気な声に耳を向ければ、不思議と目の前にある旧館が酷く寂しそうに見えた。  とはいっても、ここで部活動をするのは真っ平御免だし、そもそも入部したいとも思わないけど。 「ていうか、ここでの部活動が私にピッタリって失礼じゃない? そんなに私って薄暗い?」 「ん? ああ、別にそういう意味で行ったわけじゃないから。まあ、ハルも見ればわかるって!」 「?」  寧々はちょいちょいと手を招いて、訝しげな表情を浮べている遥を呼び寄せた。  体育館での部活と聞いて真っ先に思い当たるのは、卓球、バドミントン、バレーボールといった具合で、それらが果たして自分に合うのか、と遥は首を傾げる。 「ほら、見てみ」  そう言って、寧々は重い扉を開いた。  しかし――。 「……誰もいないよ?」 「えっ!? うそ!?」  目に移った光景に人影は一つもなく、ただ虚しくも儚い静寂が広がっているだけだった。  予想とは違った展開に寧々は思わず驚愕の声を上げるが、一方の遥は何処となく安心した様子で息を吐いている。  どんな部活を見せたかったのか知らないが、こうなれば紹介することも出来ないだろうと、遥は踵を返した。 「もういいでしょ? いい加減帰ろ?」 「……おかしいなぁ。確かにあるってきいたんだけど」  納得のいっていない寧々は、その場から離れようとはせずになにやら一人で考え込んでいた。  彼女の思考など皆目見当もつかない、と遥は本日何度目のなるのか、深いため息を吐いた。 「それで、寧々が見せたかった部活ってなに?」 「お、興味でてきた?」 「別に。ただ聞かないと寧々が報われないなーて」  遥が少しでも興味を示したことが嬉しかったのか、寧々は口角を上げた。  勿論、遥は部活に興味など湧いていない。だが、聞かなければ寧々が大人しく帰ってはくれないと思った故の問いかけだった。  しかし、それでも聞いてくれたことが嬉しかったのか、寧々は嬉々として口を開いた。 「ここはね、ハルが幼少期から中学三年までずっとやってきた魔法少女が活動してる場所だよ」 「……え」 「だから、私は魔法少女部を紹介したかったの」  言って寧々は優しい笑顔を遥に向けた。  だが、彼女の表情とは対照的に遥は酷く困惑した顔つきを浮べて、微かに震えた口調で問いかけた。 「え、でもうちには魔法少女部はないって」 「ここの魔法少女部ってもうすぐ廃部するって噂でね。いずれ消える部活なら、わざわざパンフレットに記載しなくてもいいって話だったらしいの」  だから部活紹介でも登壇がなかったのかと遥は変に納得をした。  近いうちに廃部になる部活など新入生に紹介しても意味などないのだろう。  きっと入る新入部員は少ないし、辞める部員の方が多そうだ。 「つまり、寧々は私を魔法少女部に入部させようって思ってたの?」 「んー、物凄く簡潔に言ったらね」  どことなく言葉を濁す寧々に首を傾げるも、遥の中で答えは決まっている。  確かに、ないと思っていた部活が活動していたというのは衝撃ではあった。  とはいえ、それは悪い意味での驚愕であり、悪い意味で期待を裏切られたというもの。 「私、入らないから。そんな部活」  わざわざ、魔法少女部がない高校を選んだというのに。  遥は険しい表情で吐き捨てるように言い放つと、そのまま足を進めた。 「ハル……」  寧々はただ何も言えずにその場に立ち尽くすだけだった。
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