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其の一:僕らの翁荘
人里離れた山の奥。そこにはぽつんと佇む寮が存在した。
ここは翁荘。
誰が、何の目的により建てたのか分からない場所。
誰の管理下にもなく、誰のものでもない共同宿舎。
翁荘には誰一人近付きはしない。当然入居を希望する者もいない。
何故ならそれは、
「あそこには幽霊が住んでいるのだから」
「まったくさ、失礼しちゃうよね、まったくさ」
窓際に頬杖を付きながら、呆れた口調でため息交じりに銀髪の男はそういった。隣には左右で髪色の違う、包帯を巻き白衣を来た物腰柔らかい男が、そういった男を宥めるように「まあまあ」と言いながら窓の外に目をやる。
「霜月くんとキサラくんのアレは、いつものことでしょう?」
2人の男の目の前には広い庭園があり、そこではいつものことらしい、猫のような男と兎のような男が2人して楽しげに喧嘩を繰り広げていた。
しかし銀髪の男は、その言葉を見当違いだと一蹴りして、その喧嘩を見つめながら話を続けた。
「最近町の方で噂になってるらしージャン?ココ、幽霊がでるってさ」
「はあ。でも私たちは幽霊じゃありませんし、人間なんですから気にしなくていいじゃないですか?」
手に持っていたカルテをぱらぱらとめくりながらそう言った白衣の男を、銀髪の男はむっとした表情で見やり唇を尖らせた。
「ちょっと風柳さん」
「風柳」と呼ばれた男の方に向き直り、物申そうとしたとき長く続く廊下の方から2人の人影が並んで歩いてくるのが視界に入った。
「あれ、風柳さんにいづるさん。珍しい組み合わせですね」
金髪に黒の眼帯をつけた少し低い身長に、中世的な顔立ちをした男は二人を見て大きな瞳をさらに大きく見開く。その隣に並んだ、着物で黒髪の男は仏頂面で目を細めていた。
「なんだ。こんな真昼間から酒でも飲んでいたか、いづる」
「ええ!俺だけ!?ひどいよ燐ちゃん」
「燐ちゃんと呼ぶなと言っているだろうが」
いづるを燐が拳骨をすると、燐はふらりと体を揺らしいづるの方へともたれかかった。
「おいおい、大丈夫かあ?今日は調子あんまよくないんじゃねえの?」
「千峲くん、燐さんは変わりなかったですか?」
金髪の男、「千峲」は風柳の言葉に眉を八の字をして戸惑うように考えたけれど、首を振って否定する。
「いいえ。今日は良好でしたよね、燐さん」
いづるの胸に倒れこんだ燐はいづるの肩口を押して眉間にしわを寄せながら大げさだと口にした。
「…心配なので一応今日お薬多めにだしおてきますね」
風柳の言葉に燐は頭を抱えながら、仕方なしと言わんばかりに「お願いします」と答える。
「お。霜月とキサラ終わったみたいだな」
一同が庭園の方へ目を向けると、キサラがぴょんぴょん跳ねるようにこちらの窓へ飛び込んできて、4人へ目を向けるとひらひらと手を振る。
「あらら。みんなお揃いで僕らの見物かい?」
へらへらと笑いながらキサラは一同の方へと歩いていくが、そこを狙ったようにパリンと窓ガラスが割れて破片がキサラを襲う。
「きーさあらーーーッ!!」
「うわっあぶな」
窓から飛び込んできたのは霜月だった。
キサラは兎のように素早く霜月の方を振り返りニヒルに笑って見せてから4人の中に隠れるように入り込み、一番身長の高い風柳の後ろに隠れた。
風柳はまたかといわんばかりの溜め息を吐きながら霜月の方に向き直り、両手をぱん、と一打ちして「はいはい」と締めの言葉を放つ。
「霜月くんもキサラくんもそこまでにしてくださいね。その窓ガラス直すと思ってるんですか?」
風柳の言葉を聞いた霜月は刀を構えてキサラを睨んだ後、「ちっ」とひとつ舌打ちして刀をしまい、背を向けて廊下を歩いて行ってしまった。
「それじゃあまたね~」
キサラは風柳の後ろからぴょんと飛び出して、霜月の向かった方とは反対の方向へ向き直りながら手をあげて跳ねるように廊下を歩いていく。
「そりゃまあ、幽霊屋敷とか言われても文句言えないな」
「町の方で有名になってますよね、ここ」
いづるの言葉に千峲がそういうといづるは溜め息混じりに頷きながら、町での噂話を思い出しながら話を続けた。
「そうそ。ここには幽霊なんかいないのにねえ」
「妖は幽霊と言われても仕方ないだろう」
「妖と幽霊じゃ天と地の差なのおー」
いづると千峲と燐。この3人は妖なのである。
霜月と風柳とキサラは人間で、普通に仕事をこなしている。
そんな6人がひっそりとこの翁寮で過ごしているのは、お互いの利害関係が一致しているからなのだが、いつの間にか互いに居心地がよくなり今日まで共に過ごしてきたのだ。
「ま。いいかあ。今が幸せなら」
いづるのその言葉に皆がいづるの方へ視線を投げかけたが、やがて誰かが静かに同意の言葉を発した。
「それじゃあ燐さん、後で検診に行くから待っててくださいね」
「…ああ」
「今日はもう少し散歩してから部屋に帰りましょうね、燐さん」
千峲の言葉に静かに頷き、燐と千峲は廊下の先を歩いて行った。きっと庭園の方に歩いていくのだろう。
2人を見送ってから、風柳はいづるの方へ向き直る。
「いづるさんはどうするんですか?」
「そうだなあ、あとで風柳さんの手伝いでもすっかなあ」
「はは、それは助かります。それじゃあまた後で」
風柳がカルテをめくりながら少し忙しそうに廊下を歩いていく風柳を見送り、だれもいなくなった庭園と霜月の割ったガラスを見つめながら、いづるは呟く。
「今日もいい天気だなあ」
晴れ晴れとした晴天にガラスの光が反射して、煌びやかに輝く。
それを見たいづるは困り顔で「まずは掃除かな」と笑いをこぼしながら皆が歩いてった廊下を鼻歌混じりに歩いて行った。
――― これはそんな、平和な翁荘のお話。
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