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夏は、物心つく前から母の実家に遊びに行った。
車で3時間余。高原リゾート地として別荘やホテル、お洒落なショップやカフェが軒を連ねる観光地を外れて、更に林道を走る。山に囲まれた小さな田舎の村だ。
親戚の人や、従兄弟にあたる子供たちが集まり、賑やかに食卓を囲み、山に探検に行ったり、川で水遊びをしたり、縁側に並んで冷えたスイカを食べた。花火もした。帰りたくないくらい楽しい夏を過ごした。
夜になると、大きな蚊帳の中で、高校生の奈々お姉ちゃんが本を読んでくれて、怪談話の時はみんな大騒ぎで怒られた。
4人、5人と僕たちは枕を並べて寝たが、朝起きると全然違う所で目を覚まして大笑いだった。
その夜は、息苦しさに目が覚めると、達ちゃんの足が胸の上に乗っていた。一番廊下側に避難して、蚊帳の向こうの庭を見ていると、小さな灯がゆらゆらして、土を踏む足音が聞こえた。
泥棒?僕は薄い布団を被って、そっと庭を見つめていた。
足音は一本の木の下で止まり、しゃがみ込んでいるのは、奈々お姉ちゃんの弟の大ちゃんだった。
僕は蚊帳を抜け出して、縁側に腰掛けて小さく声を掛けた。
「大ちゃん?」
「誰?ゆうか…」
「何してるの?」
「しっ」
手招きされて、裸足で庭に降りると、そっと大ちゃんの側に近寄った。
足の裏がチクチクする。
大ちゃんが小さなライトを木の幹に当てると、蝉の幼虫がじっと止まっていた。
抜け殻は見たことがあったけれど、生きているのを見たのは初めてだった。
「羽化するんだ」
「羽化?」
「空を飛ぶ蝉に変身するんだよ」
「カッコいいね」
変身するのは、強くてカッコいいと決まっている。
大ちゃんはTシャツでライトを包んでで、弱い光が茶色の変な形の幼虫を照らす。
時々爪先がピクッと動くけど、じっとしていた。
どのくらいそうしていたか、僕が「変身まだ?」と言った時だった。
背中がピキッと割れて、茶色の裂け目から薄緑の透き通ったような体がぐんと見えて、ゆっくりゆっくり動き出す。
「あっ」と声を漏らした僕を見て、大ちゃんが笑って言った。
「ゆうの声が聞こえたみたいだな。変身の始まりだ」
僕たちは食い入るように見つめていた。
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