朔太郎、12歳

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 それからは週一、学校が早く終わる木曜に店に通った。月の小遣いは500円。俺はそれを全てプリンにつぎ込んだ。礼なんて恥ずかしくて言えなかったから。  ジジイは変わらず俺を迎えてくれた。店内の小さなイートインスペースで食べたり、裏路地で猫に餌をあげながら食べたり。いつも他愛ない話をして、同じプリンを食べた。  2人だけの時間。あの店は俺のもう1つの帰る場所になっていた。  しかし、そんな日常を裂く出来事は突然やってくる。 「いらっしゃいませ」  糸みたいに細くて消えそうな声が耳にかろうじて入る。扉を開けるといつもジジイが出てくるはずなのにその日は違った。  ジジイと対照的な真っ白い肌。  華奢な体。  真っ黒で艶やかな長い髪を一括りにして紺色のエプロンを着ている。  長い睫毛を伏せ、店員らしきその女性はじっと一点を眺めていた。ショーケースの明かりに反射してキラキラ輝いている。  こんな綺麗な人は見たことがなかった。  心臓がバクンと強い音をたてて飛び跳ねる。  もし恋に落ちる音があるとしたら、きっとこんな音をするのかもしれない。 「あの……」 「あ、えと……あの、クソジジ、じゃなかった、店長は」 「わしならここにおるぞ」  店奥のカーテンからのっそりとジジイが現れる。手にはプリンが乗ったトレイがあった。  遅えよ!  いつもならそう叫んでいたのに、彼女がそこにいるせいで何も言えなかった。 「すまんな朔太郎。3時に間に合ってよかった」  そういうとゆっくり腰を屈めショーケースにプリンを並べる。慌てて彼女がトレイを受け取り代わったが、クソジジイの動きが今日はやけに遅く感じた。  それにしたって頭が回っていない。耳にまで心臓の音が聞こえる。 「朔? 今日は食べんのか?」 「くっ食うよ! 裏で待ってる」  俺はポケットに用意した100円をショーケースの上に置いて、早足に店を出た。背中が熱い。一体あれは誰なんだ。なんなんだよ。  高鳴る胸をぎゅっと抑え、裏路地へ足を進めた。  小学6年生の夏。  俺は初めての感情を知る。
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