葉月

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葉月

八月一日  気がつけば八月になった。昔は夏休みが大好きだった。毎年、勝浦だとか鴨川だとか、千葉県の外房の海に、仲良かったおとうさんおかあさんと遊びにいったのを覚えている。青黒い海は太陽の光を反射して、波が白銀に煌めいていた。まるで真昼の星空みたいだった。海の家のぼそぼその乾いた焼きそばが、なぜかとても美味しかった。水平線の向こうには、綿あめみたいな真っ白い雲がぽっかりと浮かんでいて、なんだかこっけいにも思えた。  そんなことを思い出したのは、きっとベランダから見上げた入道雲がきれいだったからだ。昨日夜更かししたせいだろうか。目を開けたら、もう十五時だった。斜陽はまるでペンキみたいに、ベランダ越しに私の部屋を薄いオレンジ色に染めている。ベランダだけではない。私の住んでいる団地のすすけた白壁が、一斉にオレンジ色に塗られていた。昔からこの季節にベランダからみる夕暮れが、たまらなく好きだった、だけど、なんだか今日の夕景はいつもと違って見えた。  明日は夏祭りがあるらしい。白地の浴衣を着たあの子の横顔をながめながら、屋台のぼんやりとした灯りの中を、手をつないで二人で歩きたかった。きっと、空には何億年も前からやって来た千の星の白い光が踊っているはずだった。
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