弥生

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弥生

五月三十日  革命的な恋をしました。革命なんて体験したことないけれど、きっとこの恋は革命です。  同じ高校に通っている彼女は、同じクラスの生徒でした。もっと言えば、隣が彼女の席でした。隣の席に座る人にほれ込むなんて、なんと通俗的でしょう、と自分でも思いますし、そんな自分が嫌いです。  彼女は、いつか絵画で見た聖母様のようにほほえみながら、授業が終わるとたまに話しかけてくれます。うるおいのあるそのピンク色のくちびるから発せられるそのやわらかな声が、少しあどけないその話っぷりが、文字通り聖なるもののように思えるのです。その言葉の一つ一つが暖かな教えとなって、私に力を与えてくれる気がします。話をするときはその瞳の、まるで日本史の教科書で見た黒曜石のような黒色に捉えられてしまうのです。そのあまりの美しさに耐えられず、あなたの視線のやじりからいつも自分の目をそらしてしまいます。小川の流れを思い起こさせる彼女のかみの毛は、同時に葉からこぼれ落ちるしずくの一滴よりも細やかで、そよ風にも容易になびきます。そしてその時、ベランダ越しの木漏れ日にきらめくその茶色がかったかみの毛が、この世で何よりも大切に思えるのです。  −彼女は同じイキモノ。そのはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。  今日からこの日記を書き始めることにしました。これは誰のためでもなく、ただ自分のためだけに書くものです。ただこの気持ちをなんとかしなければならないという焦りから、彼女の言葉を、姿を、歴史を書き留める。それだけのものです。  なんてかっこつけてみたものの、これから何を書けばいいのかわからないので、それは明日からまた考えようと思います。そういえば、明日は雨だそうです。春はいずれ終わって、梅雨が明ければ、きっと夏がやってきます。それはずっと前からそう決まっていることです。
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