専業主婦の苦悩

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「こんにちは。」  控えめな声で入って来たのはシンプルなシャツと紺色のロングスカートの華奢な女性だった。 「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」 翡翠さんにそう言われて、女性は小さなテーブル席に腰かけた。 トートバックを置いた女性は、ふぅ、とため息を1つした。薄ら隈が見える目は何だか疲れているようで、少し濁って見える。 「ご注文はお決まりですか?」 女性のテーブルにお冷を置いた翡翠さんが尋ねた。 「アイスコーヒーを。」  女性の声はとても細いが、フルートのように透き通った綺麗なソプラノだ。 「かしこまりました。」  翡翠さんは口の端だけでほんのりと微笑む。 「お淑やかな方でござるな。」  ぼたもちが小声で話しかける。確かに、女性は、クラスの女子達とは全く違う空気を纏っている。これが、落ち着いた大人の雰囲気というのだろうか。そこまで年を取っている様には見えないけれど。 「なんだかお疲れの様でござるな。ちょっと話しかけてみるでござる。」  ぼたもちがカウンターから僕の隣の椅子に飛び降りた。 「え、ぼたもち驚かれないかな?」 「驚かれる?如何してでござるか?」  ぼたもちが椅子の上で心底不思議そうな目で僕を見上げる。 「だって、喋るハリネズミなんて見たことないだろうし……。」  そう言っても、ぼたもちは納得できない様子だった。 「…大丈夫。話しかけてあげて。」 いつのまにかアイスコーヒーをトレイに載せ、僕の後ろに立っていた翡翠さんが言った。 「御意。」 ぼたもちがそう言うと同時に、翡翠さんはぼたもちをトレイに乗せた。
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