80人が本棚に入れています
本棚に追加
/121ページ
「こんにちは。」
僕の中性的なテノールと、ドアベルの可愛らしい音が店内に広がる。
「いらっしゃいませ。ようこそherissonへ。」
陶器のようになめらかな白い肌に、淡いピンク色の唇を持つ可憐な少女が、落ち着いたハスキーボイスで言う。
「いちいち名前を言わなくても、もう間違えないよ。翡翠さん。」
「そう…。」
僕は場を和まそうとして言ったのだけれど、芸術品のような少女の表情筋は、ピクリとも動かない。
「詩殿、翡翠は今日、ご機嫌斜めでござる。先程椅子の脚に小指をぶつけましたゆえ。」
白い格子越しに愛くるしいハリネズミが話し始めた。なぜ侍口調なのかは誰にも分からない。聞いてもはぐらかされるだけだ。
「言わないで欲しかったわ。もちこ。」
僅かに眉をひそめた翡翠さんが言う。
「翡翠が無口だからでござる。拙者は事実を伝えたまで。」
悪びれた様子もなく、ハリネズミは澄んだ目をキラキラさせる。
「ぼたもち。そんな態度だと、ゲージから出してもらえないよ。」
「ムム。そうでござった。翡翠、ゲージから出してくれ。」
「今日は、嫌。」
翡翠さんは冷酷に言い放ち、ぼたもちに背を向けると、艶やかなポニーテールが揺れた。
「ひーすーいー。」とブーブー文句を言っているぼたもちが気の毒になってきたので、狭苦しいゲージから、針が刺さらないように軍手をして、慎重にカウンターの上に置く。
「恩に着るでござる。詩殿。」
カウンターでぺこりとお辞儀をするぼたもちは実に愛くるしい。これで侍口調でなければもっと可愛いのに。
最初のコメントを投稿しよう!