冴えない高校生

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「こんにちは。」  僕の中性的なテノールと、ドアベルの可愛らしい音が店内に広がる。 「いらっしゃいませ。ようこそherissonへ。」  陶器のようになめらかな白い肌に、淡いピンク色の唇を持つ可憐な少女が、落ち着いたハスキーボイスで言う。 「いちいち名前を言わなくても、もう間違えないよ。翡翠さん。」 「そう…。」  僕は場を和まそうとして言ったのだけれど、芸術品のような少女の表情筋は、ピクリとも動かない。 「(うた)殿、翡翠は今日、ご機嫌斜めでござる。先程椅子の脚に小指をぶつけましたゆえ。」  白い格子越しに愛くるしいハリネズミが話し始めた。なぜ侍口調なのかは誰にも分からない。聞いてもはぐらかされるだけだ。 「言わないで欲しかったわ。もちこ。」  僅かに眉をひそめた翡翠さんが言う。 「翡翠が無口だからでござる。拙者は事実を伝えたまで。」  悪びれた様子もなく、ハリネズミは澄んだ目をキラキラさせる。 「ぼたもち。そんな態度だと、ゲージから出してもらえないよ。」 「ムム。そうでござった。翡翠、ゲージから出してくれ。」 「今日は、嫌。」  翡翠さんは冷酷に言い放ち、ぼたもちに背を向けると、艶やかなポニーテールが揺れた。 「ひーすーいー。」とブーブー文句を言っているぼたもちが気の毒になってきたので、狭苦しいゲージから、針が刺さらないように軍手をして、慎重にカウンターの上に置く。 「恩に着るでござる。詩殿。」  カウンターでぺこりとお辞儀をするぼたもちは実に愛くるしい。これで侍口調でなければもっと可愛いのに。
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