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「翡翠はどうしてそんなに自分の事を隠したがるのでござるか?」
ぼたもちがそう言うと、翡翠さんの海底のように深く黒い目が揺れる。
「それは……。」
なにか言いかけて、翡翠さんは俯いてしまった。
「そんな事より、今日もタルトタタン美味しいですね。」
「詩殿、まだ食べてないでござるよ。」
「うん…。」
ぼたもちと翡翠さんが怪訝そうな目を向ける。
「あ、そう…でした。」
僕は急いでタルトタタンを口に運んだ。甘酸っぱくてほろ苦い林檎と、サクサクしたパイがとても合っていて美味しい。
「うん。やっぱり美味しいです。」
僕がそう言って精一杯の笑顔を浮かべても、翡翠さんは俯いたままだった。
「なんじゃ。浮かない顔して。」
沈黙を破いて、店の奥からやってきたのは上品なご老人であった。
「陽二さん。お久しぶりです。」
「おお、詩くん。どうじゃ、今日のタルトタタンは。」
「いつも通り、とても美味しいです。」
そう応えると、陽二さんは満足そうに微笑んだ。
「翡翠。お客様の前でそんな顔するでないぞ。」
それから、陽二さんは翡翠さんに向き直って言った。
「はい。おじいちゃん。」
翡翠さんは決まり悪そうに目線を泳がせていたが、反省しているように見えた。
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