02

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 入江と同じDNAを持つ彼は、弟以上に優れた容姿をしている。美しい所作に彩られ、品格は兄弟でも雲泥の差だ。 「生徒会長と有伎が兄弟って信じらんねえ」 「並ぶと格が違う。親のいいとこ全部兄貴に持ってかれたな」  ほうっと兄の背中に見惚れていたクラスメートたちが、現実に戻ったとたん軽口を叩く。 からかうように押し付けられた浅慮な言葉を、入江が「るせぇ」と笑って蹴散らした。教室に笑い声が響く。ごく日常のワンシーン。 けれど柊馬だけが、その空気に心底うんざりしていた。  ――どいつもこいつも反吐が出る。  やつらは当たり前のように他人を比較して、安全な場所から巧妙に攻撃をしかける。親しき仲に礼儀なんかない。さりげなくマウントを取り合って、自分の方が上だと安心する。 アレを友情と履き違えていた時期が柊馬にもあるからこそ、過剰に反応してしまうのだ。  午前の授業が終わると、柊馬はすぐさま弁当を持って人気のない場所へと移動した。窮屈な学校生活の中で、ほんの少しでもリラックスできる瞬間を作るというのは大切なことだ。  多少埃っぽくはあるが、音楽棟の階段を上りきった、屋上扉前の踊り場に腰を下ろす。ここならば柊馬と同じ普通科の人間は立ち寄らないし、音楽科の生徒たちの憩いの場からも距離がある。 誰に遭遇することもなくゆっくりできる、柊馬のお気に入りの場所だ。  ロッカーから引っ張り出してきたクッションを敷き、投げ出すように長い手足を伸ばす。 弁当の包みを広げたとたん、誰もいないはずの空間に聞き覚えのある声が響いた。 「へえ、ホモ近っていつもこんな場所で寂しくメシ食ってたんだ?」  顔を見なくても誰だかわかる。 一瞬にして壊された静寂を惜しむあまり、思わず舌打ちが飛び出した。 「おいホモ、なに舌打ちなんかしてんだよ」 「ごめん、つい」 「ついじゃねえよ!」  苛立たしげに中腰で胸もとを掴んだ入江が、柊馬の顔をのぞきこむようにして鋭く睨む。自分より体格の劣る相手にすごまれても何も怖くないということが、彼には理解できないのだろう。なんせ自分の方が優位だと思い込んでいるのだから。 「いつもホモホモ呼んでるくせに、こんなに顔近付けていいのか」  平坦な声でそう告げると、指摘されて始めて気付いたらしい入江が目を見張る。普段は面倒で言い返しもしない柊馬に、対等な口をきかれたのも気にくわないらしい。 突然ドンと突き飛ばされ、背中に衝撃と痛みが走った。 「いって……っ」 「てめえ気色悪いこと言ってんじゃねえよ。クソホモ!」  そっちこそそんなことでイキってんじゃねえよクソ野郎、と心のなかで唱える。
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