第四章 欲しいものは何?

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第四章 欲しいものは何?

 ユピテルがトマトをもいでいる。  ひとつひとつの実を確認し、愛でるように撫でて、優しく丁寧に茎を切る。手にした籠には、既に山盛りのトマトが積まれていた。今日の夕食は、どうやらトマトをたっぷり使うメニューらしい。台所にあったのは、タマネギと、ナスと、ピーマンと……。  ユピテルが振り返った。 「このくらいでいいだろう。夕食を作るから、お前は休んでいていい」 「ああ、うん……。手伝おうか?」  しかしユピテルは穏やかにリヴィオの提案を断った。 「いや、ゆっくり休んでくれ。お前もまだ本調子とは言えぬようだし」  そう言われるとリヴィオも複雑だった。本調子ではない、というのは、何も体調ばかりではない。というより、体調はさほど悪くもないのだ。卵を産みつけられた気怠さも数日で終わり、絶好調とまではいかないにしても、元気ではある。問題は、身体ではない。いや、ある意味では身体だが。つまり、アッチの調子である。  リヴィオはユピテルの腰に視線をやる。  ――したいなあ……。  気を抜けばそんなことばかりを考えている。ユピテルと二度めのセックスをして、それが非常によくて、それで収まるかと思ったらやっぱり全然収まらなくて、数日経ったら禁断症状が出始めている。  そういえば、ユピテルのマッサージはまだ続いていた。もう大丈夫だからしなくていい、そう言えばいいのに言えないのは、彼に触れられたいからだった。触れられたらまたヤりたくなるのは目に見えているのに。そして実際ヤりたくなって、マッサージの後は自分の手でいけないことをしてしまうというのに。  アホだ。ああ、アホだとも。ちくしょう。  自慰をしていない時は、リヴィオはユピテルを眺めている。つるんとした頭とか、剥き出しの背中とか、ぷるんぷるんの肌とかを眺めつつ、腰布に案外細かい刺繍が施されているのに気付き、その刺繍は誰がやったのだろうと考えてみたりもして、いろいろなことが頭を駆け巡る。  ――こいつは、実際のところ俺をどう思ってるんだろう?  ――卵が孵化したらどうなるんだろう? 「リヴィオ? 家に入ろう」  促され、リヴィオはやっと我に返った。ユピテルに続いて家に入り、テーブルにつく。料理をするユピテルの背中を見つめる。  野菜を刻んでいる時、鍋をかき混ぜている時、それから洗い物をしている時も、ユピテルはよく歌う。いつも同じ、子守歌のような切ないメロディだ。 「なあ、それってなんの歌?」  リヴィオが尋ねると、ユピテルはちょっと首を傾げて答えた。 「子守歌だ」 「ああ、やっぱりそうか。それ、卵に聴かせてんの?」  ユピテルはきょとんと見返してきた。 「卵に? なぜだ?」 「いや、ほら、人間は赤ん坊のいる腹に歌を聴かせるといいとかよく言うからさ」 「そうなのか。それは不思議な文化だな。我々はそのようなことはしないし、卵のうちは聴いてはいないだろう。私が歌うのは、もっと単純な理由だ」 「どんな?」 「好きだからだよ、リヴィオ」  何を?  リヴィオはさっと目をそらした。  好きだ、とか言われると、なんとなく気まずい。このトカゲ野郎、わざとやっているのか、それとも特に何も考えていないのか。  何も考えていないに決まっている。クソトカゲめ。  クソトカゲ――ユピテルは、意に介した様子もなく続ける。 「卵には聞こえていないだろうが、生まれれば聞こえる。私もそうして育てられた。だから覚えているのだ」 「ああ、そう……」  彼の親は、おそらく既に亡いのだろう。最初の子はどうしたと訊いた時のような失敗は繰り返したくなかったから、リヴィオは黙っておいた。  夕食は、潰したトマトをベースにしたスープと、初日と同じ米状パスタ、蒸かしたジャガイモとリンゴだった。  またスープか、と思うと同時に、スープがないと物足りないとも思う。ユピテルの作るスープは素朴で、優しくて、美味しい。心まであたたまる。  街に帰ったら、このスープももう味わえなくなるのだ。  そんなことを考えてしまい、リヴィオははっとした。それからぶんぶんと頭を振った。ひとまずそのことは忘れていたい。  一緒に食事をして、ユピテルが片付けをする。手伝いを申し出たが、今回も断られた。湯浴みの準備もユピテルがしてくれるので、リヴィオとしてはなんとなく手持ち無沙汰であった。  この頃知ったのだが、ユピテル自身は湯は使わずに身体を洗うらしい。沸かさずに冷たいまま浴びるのだそうだ。  リヴィオは部屋でユピテルの用意してくれた湯を使い、夜着に着替えて、居間に戻った。 「ああ、終わったか。片付けよう」  と、ユピテルが桶を納戸に仕舞う。 「疲れたろう。もう休め」  と、労ってくれるのは嬉しいが、何もしていないのだから疲れてはいない。  休めと言われても困る。だって……身体が熱くて……ユピテルは水浴びする時裸になるんだよな、アレも洗うんだよな、などと、他人だったらドン引きするようなことも想像してしまって……とにかく限界だからだ。 「……あのさ」  リヴィオはもじもじと切り出す。 「あの……卵なんだけど……」  またぞろ卵を言い訳にするつもりであった。 「どうかしたか?」 「ああ、あの……なんか、ちょっと、変っていうか……」 「変? また体調が悪いのか?」  ユピテルは本気で心配してきた。リヴィオは罪悪感を覚える。  ええい、やめよう、嘘をついてごまかすのは。我ながら恥ずかしい。リヴィオは意を決して顔を上げた。 「ユピテル、ごめん、そうじゃないんだ。俺、したい」 「したい?」  ユピテルが首を捻る。リヴィオは唸る。こういう場面で、いちいち、お前のソレを俺のアソコに入れろとか説明してやらねばならぬのか。さすがにそれは面倒過ぎるというか猥褻過ぎるというかなんというか。  だが、それもどうせいまさらかもしれない。言わねばわからぬのなら、言ってやろうではないか。 「ヤりたいんだ。ユピテルの、コレ、欲しい」  リヴィオはユピテルの下半身を撫でさすりながら言った。 「ああ……」  ユピテルにも伝わったようだ。 「卵を産んだ時のようにして欲しいのだな?」 「そう。コレ入れて、ヤって、イかせて」 「イかせる?」  ユピテルが、再度首を傾げる。  ひとこと余計だったようだ。リヴィオは舌打ちする。 「だから、気持ちよくしてってことだよ」 「気持ちよく、か。我々と人間とは感じ方が違うから、正しくはわからぬのだが。ともあれ、善処しよう」  なんなんだ、この色気のないやり取りは。ここに色気があってもそれはそれでおかしいが。  ゲルセックは人間とは違う。ユピテルは、卵を産みたいと思うことはあっても、セックスをしたいと思うことはない。二度めをしてくれたのも、これから三度めをしてくれようというのも、リヴィオがせがむからだ。 「なあ、もしかして、嫌なのか?」  リヴィオはそっぽを向いたまま尋ねた。  ユピテルが肩に手を置く。 「嫌ではないよ、リヴィオ。私にはわからないというだけだ。お前が何を求めているのかも、どう感じているのかも。ただ、お前がしたいということには、なるべく応えてやりたいと思う」 「……ふうん、そう。それって卵のため?」 「それもあるが、それだけではない」  リヴィオは黙る。  何を求めているか? そんなの、自分にだってわからない。ヤりたいだけだ。ヤって欲しいだけ。それだけだと思う。それだけであって欲しい。  知らず知らず唇を噛んでいたらしい。ユピテルがリヴィオの頬を両手で包み込んだ。 「どうしてそんな顔をする?」 「知らねえよ、そんなこと」
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