最後のメッセージ

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最後のメッセージ

※※※ 「絵未ー!」   後ろから突然抱き付かれ、私は「わわ」と声を上げた。体が大きく前へつんのめる。振り返ると、菜摘が顔をぐしゃぐしゃにしながら私の背中にへばりついていた。 「菜摘……鼻水付けないでね」 「あーん絵未が冷たいよお。ねえ、高校行っても遊ぼうね!」 「そうだね。また映画観に行こう」   うえーんずっと友達だよ、と声を上げて菜摘が泣きじゃくる。「菜摘を泣かすなよー」なんて野次が飛んできて、苦笑いを浮かべるしかない。   卒業式が終わったクラスは混沌としていて、みんなが泣いたり笑ったりしながら言葉を交わしている。あまりにも輝いた表情の子ばかりで、私はここにいることが酷く場違いな気がした。手にした卒業証書も嘘みたいに軽くて現実味を帯びない。 「絵未、アルバムにメッセージ書いてよ」   菜摘の鼻声に思考を遮られる。彼女は卒業アルバムを私の前に広げ、「絵未のも書かせて」と勝手に私のアルバムをめくり始めた。   差し出されたアルバムのページには早くもたくさんのメッセージがちりばめられている。青春の一ページと呼ぶのにふさわしいなあ、なんてぼんやりと思考した。隙間を見つけてちまちまと言葉を綴っていると、私のメッセージは案外うまく周りに馴染んで、青春の一ページを彩った。調子に乗って最後にニコちゃんマークとか付けちゃう。うん、それっぽい。 「お、絵未のページ一番乗りー! でっかく書いてやろ」   菜摘は何本もの色ペンを使い、意気揚々と私のページを埋めていく。器用な彼女はあっという間に白い世界を可愛く飾っていき、手品を見ているような気分になった。  チラリと時計を見上げると、教室を出るように言われた時間まであと十分。その後にみんなで並んで校門まで行って、最後の門出みたいな行事をやって、それからは自由行動。最後まで儀式に縛られる。  その時、隣の席に誰か座る気配がした。ふわりと空気が動くのを感じる。慣れた彼の香りを感じて、面白いほどに心臓が跳ねた。誰がそこにいるのかなんて明白で、それなのに私の視線は膝の上に落ちる。  気付いた菜摘が顔を上げ、彼の方を見た。途端その表情にニヤリと笑みが浮かぶ。 「佐伯じゃん。あんたのアルバムにも書いてやろうか?」  ようやく顔を上げると、彼はどこか不機嫌そうに椅子へもたれかかっていた。「あ?」と眉を寄せて菜摘を見る。 「いらねえよ。お前、色使い派手だし」 「えー! じゃあ黒だけで書くからさあ、ね」 「へいへい」  しぶしぶアルバムを差し出す佐伯。いつの間にか私のアルバムは閉じて机の端に置かれている。私はアルバムを手に取り、先ほど配られた紙袋の中に突っ込んだ。  菜摘は再び楽しそうにペンを動かしている。彼女の手元を見るふりをしながら、私はそっと右隣に視線を送った。  佐伯は両手をポケットに突っ込んだまま小さく椅子を揺らしている。カタンカタン。耳に慣れた音。彼は今日も何一つとして変わりなく、いつも通りにそこに座っていた。明日から会えなくなるなんて信じられないくらいに。 「書けたよー。……あ、そうだ。絵未も書けば?」 「え?」  菜摘が書き終えた佐伯のアルバムをこちらに差し出して来る。咄嗟のことに、私は目を見開いたまま間抜けな声を上げて硬直した。「何固まってんの」と面白そうに菜摘が笑い、私の胸に佐伯のアルバムを押し付ける。 「え、だって」 「せっかくなんだし書いてあげなよ。ど真ん中はまだ空いてるから絵未にあげる」 「おい勝手に……」  困惑したような佐伯の声が耳に入り、私は恐る恐るそちらを振り向いた。私がよほど情けない顔をしていたのだろう、佐伯は一瞬声を詰まらせると、少し気まずそうに顔を背けた。 「別に真ん中でもどこでも、好きなとこに書けよ」 「……うん、じゃあ表紙に書く」 「やめろ」  ようやくいつもの無駄口を絞り出して、私は小さく笑い声を上げる。佐伯は肩を竦めると、再び木の硬い椅子に体を預けた。
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