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2-お口の使い方、教えて、ペッシェ
姫の部屋の前には兵士が一人、耳をつけて扉に張り付いていた。
しかし、私の顔を見て、サッと背筋を伸ばす。
「……貴様、今日はリリー様の部屋の担当ではないだろう……!」
「あ、いえ、そ、その、もう一人の当番が陛下のお部屋に確認に行ったため、私がここで見張りを……」
「陛下に……?なぜだ?」
「そ、その、声が……もしかすると陛下かもしれないと……」
兵が指さす扉に耳をつける。
そこから聞こえてきたのは……。
「っっっ……!!へ、陛下のはずなかろう!姫の安全を守る必要があるっ!部屋に踏み込むぞ!」
カッカと怒りに煮えた頭でドアを押し開け、姫の部屋に踏み込む。
手前はソファーセットなどが置いてあり、そこには誰もいなかった。
そして奥が寝室。
……最悪の事態だ。
パーテーションの向こうに大きな天蓋付きベッドがある。
人の動きにあわせ、枕元の灯りが、天蓋から垂れる布に影を揺らめかせていた。
「っんっ!ぁっ……ぁっ……っぁああっ……!!!」
艶かしい声……。
な……なんてことだ……。
怒りで手が震え、目の前が真っ白になる
しかし、気をしっかり持ち、事態の把握につとめねば。
「リリー様!!!」
ベッドのそばに駆け寄ると、そこには半裸の男が二人。その傍らには眠るリリー姫。
「………ぁ……リリー様は……無事。服も乱されてはいない……ん?っっっへ、陛下!?」
リリー姫の身が穢されていないことに安堵をしたが、ベッドの上でたくましい背中を汗で濡らし、腰を振っていたのはまさかの、ジェルヴラ陛下だった。
「こ、このようなところでっっ……な、何をなさっているのです……!」
驚きすぎて声が裏返る。
私たちが突入しても、気づかぬように腰を振り続け、ドアの外にまで響く艶かしい声をあげている。
……んん?陛下の腕の向こうにチラチラと覗く相手の顔を……見知っているような。
「えっっっ!? ペッシェ様!!!!??????」
「な、なんだ?」
「で、ですから、ペッシェ様!」
兵がベッドを指差し必死で訴えてくるが、何を言いたいのかよくわからない。
「で、ですから、陛下のお相手がっっペッシェ様ですっっ!!!」
「っっっっはぁぁぁ?そんなわけなかろう。私は今ここにいる」
「で、ですが、同じ顔です」
同じ……顔?
「わ、私に双子の兄弟などはいない。と、とにかく姫のベッドでこのようなこと、陛下をお止めしなければ」
ベッドに上がろうとしたとき………。
「リリー!!!!なんてことだっ!!不届き者め!生きてこの部屋を出られると思うなよ!」
「陛下!!」
「え……陛下?」
私たちが今入って来た扉から、ブロンズの髪を乱し、怒りに顔を真っ赤に染めたジェルヴラ陛下が飛び込んできた。
「きっっ貴様!ペッシェ!よくも信頼を裏切りおったな!叩き斬ってやる!」
まっすぐ私の元にやってくると、ぎゅうぎゅうと首を締め始めた。
陛下も混乱しているようだ。斬られなくて良かったと思いつつも、死にそうなことには変わりない。
私の視界には鬼の形相のジェルヴラ陛下と、半裸で快楽に溺れるジェルヴラ陛下……。
「へ、陛下!おやめください!ペッシェ様が死んでしまいます!」
「構わん!姫をたぶらかしたこの不届き者を殺してやる!」
私の首を閉める陛下を、兵士が必死で止める。
「誤解です!ペッシェ様はリリー姫を穢してなどおりませんっ!!い、いま、陛下がペッシェ様を穢してるのです!」
「何をわけのわからんことを!」
「姫のベッドをご覧くださいっ!こちらのペッシェ様より、あの二人を止めるべきです!!!」
「あのふたりだぁ……!? やっぱりぺッシェではないか!ん?こっちにもペッシェ?」
首を閉める力が緩み、すかさず私は陛下の手から逃げ出した。
「げほっ……げほっ……よくごらんください……アレは……げほっっ……幻影です」
床にへたり込みながら、声を振り絞った。
「幻影……?」
「実体のように見えますが、周囲にほんの少しブレのようなものがあります。推測ですが、あれは魔女の魔法によるものではないかと」
「魔女の魔法?そんなわけなかろう!リリーの祖母がこのようなおぞましいものを見せているとでもいうのか」
「い、いえ、そういうわけでは」
いいよどむ私に向かい、陛下がスラリと剣を抜いた。
慌てて兵士が間に入り、もう一人の兵士が、ベッドの上で手をブンブン振って、交わる二人に実体がないことを確認してくれた。
「ペッシェ、貴様、何を知ってる?なぜこのようなことになっているのか、知っていることを全て言え。隠しだてするとただでは済まんぞ」
戦場に赴くことのない私は、歴戦の将すら震わせるという陛下の鬼の形相を初めて見た。
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