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「凌太さんもさあ、いつか死んじゃうのかなあ?」
「死んじゃったら、やだなあ。」
コンビニを出ると、彼女は唐突にそう言った。
白く美しい頬を水銀灯が静かに照らす。これが人類の限界だと諦めたくなるような、文字通りの絶世の美女、いや、まだ美少女か。
「僕はそう簡単に死なないよ。」
そんな適当なことを言ってみせて、こう付け加えた。
「でも、佳菜より長生きはしたくないな。」
と。
「えー、それじゃあ駄目じゃん!」
彼女は不満げにそう言った。
夕暮れ時の高級住宅街は、駅の方面から家路を急ぐ人々で少しせわしなかった。空には金星がひとつだけ――金星はひとつしかないが――孤独な光を放っていた。
あの会話をどう締めくくったのか、僕らの死の順序にどんな結論を導いたのか、今では全く覚えていない。
そして僕は今、あのときと寸分違わぬ場所、ほとんど同じ夕暮れ時に、以前住んでいたマンションの最寄りのコンビニの前で、家路を急ぐまばらな人通りとなるべく目を合わさないように、ぽつりと立っていた。
見上げた空には金星も何も無い。季節の変化に伴う天球の回転と金星の公転の結果として、ただ見えない位置に星が移動しただけのこと、そういう理屈はよく理解しているつもりだった。それでもなぜだか、今の自分にあの金星の輝きが見えないのは当然の理のように思えて、無性に寂しくなった。
胸が重く苦しくて自然とこぼれた深いため息は、白くなって冬の夜空へと消えていった。
……こんなところに来たって、一人きりで生きてたって、な。
めそめそとそんなことを考えながら、せっかく来たから古巣でも見て帰ろうと歩き始めた、そのときのことだった。
「凌太さん!」
どこかで聴いた声だった。懐かしくて、あたたかくて、好意に満ちた優しい声。
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