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そして、明くる日の早朝………。
事態はその時、起ころうとしてしまったの。
宮廷に、教経がいち早く訪れて、妾の目前で居合わせた者に対して、伝え申すのであった。
「一大事で御座る。先頃、源氏方との間で戦となり申したが故、我等は陛下を護衛して、大宰府まで逃れる事となった。皆の者は心して、準備に掛かって置いて欲しい………。」
………何て事なの?
この世界に来てまでも、争い事があるなんて。
そう言えば、昔、学校の歴史の時間で、源氏と平家の争いの事について勉強させられた事があったかしらねぇ………。
アタシ、そんな記憶すら忘れてた。
だって、………アタシとは関係無い話だと思ってたから、何でそんな事を知らなくちゃいけないのかなと思いながら、ついつい転た寝しながら授業を聞いてたからかも………。
確か、その時、アタシが元いた世界のこの国の山口県の、えっと、………その先が思い出せない。
結局、人間って、自分が関わらない事には、興味を示さない冷たい生き物なのかなぁ………。
でも、今のアタシが言仁なのよね?
アタシ、これからどうすれば良いのかしら。
時間よ、止まれ!そう思っても………。
それでも、時間は待ってはくれないモノ。
その時、教経がアタシの傍らへと近付いて来て、呟いたの。
「………アナタ様の生命は、拙者が此の身を途しても、護ります故。」
「………………。」
アタシは、その時、涙が喉を濡らした為に、何も云えられないでいた………。
………此処は一先ず、言仁になりきろう。
それから、数日を経て、妾は家臣の者に護られながら、九州は大宰府へと辿り着いていた。
一向が太宰府に停泊していた頃、妾は、寝所にて携えておる一冊の書物を手に取り、拝読しておった。そこへ、公仲が妾の傍らへと訪れ、話し掛けて来るのだった。
「和子様、一体何をされているのです?」
「………妾は人の世が好かぬ。嫌になる時は、書に目を通しておれば、少しは気が紛れる。」
妾が懐に忍ばせておった書とは、日本最古の物語と云える、竹取物語と言う名である。
「………やはり、妾も、やがては月の世に連れられて行くのかのう?」
「………………。」
暫くは平安の日々を迎えられるかの様に思えたのだが、それも束の間。源氏の軍は、執拗に妾の生命を追い求めようと刺客を放つ。
追っ手から逃れる為、争う術も知らぬ妾は、家臣の者に連れられて、やがては讃岐にある屋島へと辿り着くのだった。
最早、道を失ってしまっている一行。
そのうち、一行の中から声が上がる。
年の頃が同じに見える公仲を妾の影武者として、源氏の軍から逃れる振りをしている間に、妾の身柄を何処かの山中へと隠すと言い出す教経。
その時、妾は初めて、心の内を晒け出した。
「その様な振る舞いは、妾は断じて認めぬ。公仲は、妾にとって親族である前に、たった1人の友なのじゃ。………確かに、妾も今、死にとうは無い。………だが、その公仲の生命を盾にしてまで、妾は生きながらえようとは思わん。」
教経は無言のまま、静かな面持ちで、妾の申す言葉を聞き留めておった。
「………………………………………。」
「それは何も、公仲ばかりでは無い。それは、教経。妾は、ソナタの事も同じ様に思うておる。妾は、………妾は、己の為に他の者が身代わりに傷付いて、討ち死にしてしまう姿は見とうは無い。妾が言仁と申すのであらば、例え、この身が焼かれようとも、妾は、最期まで、言仁として、この身を投じたいのだ………。」
「…………………………………………。」
「妾の最期の頼みじゃ。どうか、聞き入れてはくれまいか。………ならぬか?」
「…………………………………………。」
「それと、教経。これから先は、ソナタはソナタの道を歩んで欲しい。それと、………今迄、ソナタを困らせてばかりで、済まなかった。」
「………和子殿。」
そして、最期の別れ際に、妾は公仲に話した。
「………もし、………輪廻転生と謂われるモノがあると申すのならば、………来世でも、………妾の傍らに居てくれるかへ?」
「………しかと、心得て御座いまする。」
その時、公仲は涙ぐみながら、その様に申す妾の最期の姿を見つめ続けているのであった………。
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