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初々しい彼
喫茶店ひだまりに、下駄の音が鳴り響く。深緑の羽織を羽織った書生が入店してきた。
「あら、いらっしゃい、文人さん」
ウエイトレスの恵美子は来店してきた恋人に微笑みかける。
「やぁ恵美子。エスプレッソをおくれ」
文人は口元に笑みを浮かべると、彼の特等席となりつつある右隅の席に腰掛けた。
「はい、かしこまりました」
恵美子はにっこり笑うと、厨房に立っている銀髪の男に顔を向ける。
「マスター」
「エスプレッソね、分かってるよ」
銀髪のマスター、日向陽介はふてくされたような顔で言う。
恵美子は彼の表情に苦笑すると、新たに来店した客を席に案内した。
文人は席に原稿用紙を広げ、懸命に文章を紡いでいる。目を隠すほど長い前髪は下を向くことでカーテン代わりになり、彼の視界は原稿用紙でいっぱいになる。
陽介はエスプレッソを淹れ、クッキーを数枚添えると、文人の席に自ら持っていく。
「お待ちどうさん、エスプレッソだ。ところでさ……」
陽介はかがんで文人の耳元に口を寄せる。
「エミちゃん大事にするのはいいけど、大事にし過ぎると逃げられるぞ」
陽介が小声で言うと、文人はビクリと肩を揺らし、陽介を見る。
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