初々しい彼

1/5
前へ
/6ページ
次へ

初々しい彼

喫茶店ひだまりに、下駄の音が鳴り響く。深緑の羽織を羽織った書生が入店してきた。 「あら、いらっしゃい、文人さん」 ウエイトレスの恵美子は来店してきた恋人に微笑みかける。 「やぁ恵美子。エスプレッソをおくれ」 文人は口元に笑みを浮かべると、彼の特等席となりつつある右隅の席に腰掛けた。 「はい、かしこまりました」 恵美子はにっこり笑うと、厨房に立っている銀髪の男に顔を向ける。 「マスター」 「エスプレッソね、分かってるよ」 銀髪のマスター、日向陽介はふてくされたような顔で言う。 恵美子は彼の表情に苦笑すると、新たに来店した客を席に案内した。 文人は席に原稿用紙を広げ、懸命に文章を紡いでいる。目を隠すほど長い前髪は下を向くことでカーテン代わりになり、彼の視界は原稿用紙でいっぱいになる。 陽介はエスプレッソを淹れ、クッキーを数枚添えると、文人の席に自ら持っていく。 「お待ちどうさん、エスプレッソだ。ところでさ……」 陽介はかがんで文人の耳元に口を寄せる。 「エミちゃん大事にするのはいいけど、大事にし過ぎると逃げられるぞ」 陽介が小声で言うと、文人はビクリと肩を揺らし、陽介を見る。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加