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貴美の星
豪華絢爛な机の上に広げられたのは、一般人の使うノート。恒星は指でクルクルとシャーペンを回しながら、退屈そうに頬杖をついていた。
「終わりましたか?」
ジロリ、と三角メガネの先生が睨みつけてくる。もちろん、課題は終わっていない。隣から貴美の心配そうな視線を感じる。
「Ich kann Deutschland sprechen, also muss ich kein Englisch lernen
(俺はドイツ語できるから、英語なんて勉強する必要ないよ)」
ボソリ、と呟いた。
「貴美さんが欲しいなら、ドイツ語だけでは無理です。それとも、諦めますか?」
途端に恒星は素早い動きで姿勢を正し、課題にもう一度向き直った。
あれから週に一度、恒星は貴美と一緒に英語のレッスンを受けている。
貴美との交際を一時的に認められた恒星。レッスンの他にもしょっちゅう呼び出されて、小鳥遊氏の話の相手をさせられたり、食事に呼ばれたり、バイオリンを弾かされたりしていた。
何気に息子ができたようで嬉しい小鳥遊氏だった。
「明日は金曜日だなあ」
レッスンが終わり家に帰ろうと長い廊下を歩きながら、恒星が嬉しそうに呟いた。貴美も彼を見上げて微笑む。
「唯一、二人っきりを許される金曜日」
恒星は恨めしそうに後ろを振り返った。そこには薄い笑顔の吉岡。
「貴美お嬢様の貞操を守るのも、私の仕事ですから」
「別に襲ったりしねーのに。吉岡さんいると、貴美ちゃん、チューしてくれないんだもんな」
「当たり前でしょ!」
真っ赤になって貴美は怒鳴る。
「まあ、いいや。じゃあ明日、スニーカー履いておいでね」
恒星は笑って、軽やかな足取りで屋敷を後にした。
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