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「おぉ、こりゃまた随分派手に暴れたようやの」
老僧の視線の先には、あの黒く染まった襖。
「これはこのまま護魔焚きしよかの」
室内を見渡し、四隅の盛り塩に目を止める。
「ほ、ようやったの。邪気をキチンと吸っとるわ。あれがしてなかったらえらいことになっとったわ」
黒衣の青年が煤を孕んだ塩を取り払い、新たに盛り塩をした。やり方は弥生伯母と同じだったが、迫力は格段に違う。
「あれをやったのは主かの?」
老僧が弥生に目をやりながら確認する。
「は、はい……以前教えて頂いたやり方で……」
昨日弥生が言っていたこと。その相手はこの老僧だったということか。
「そやったの。教えたのは結構前やったんに、キチンとやり方守っとったんやな。偉いで」
「何やその話は。弥生! あんたこんな糞爺相手に何聞いとんや!」
「喧しいわ。儂にしか教えられんことを教えただけや。ええから婆は黙っとれ」
「何やと!」
憤慨する祖母をまるで視界から消したように、老僧は真緒梨に向き合う。
「さて、嬢ちゃんとは初めましてやな」
「あ、はい……」
昨夜の凍えるほど冷えていた部屋の面影は欠片もない。
清浄な空気の部屋の中で、事態は動き始めた──
「儂ゃそこの高気寺の坊主や。日々谷 公慈言う。有り難いことにここら一帯檀家になってくれとるわ」
後ろに控える青年に少し視線を移し、短く紹介する。
「こっちは儂の孫や。名は慈晏。普段は千葉のお山で修験しとるけどもの、急いで帰らせたんや」
老僧の言葉に、青年は頭を下げる。
「桜庭 真緒梨です……よろしくお願い致します」
真緒梨も自然と頭を下げた。真緒梨の動作を、老僧は柔らかい眼差しでジッと見る。
「優しい嬢ちゃんやの。お母さんを大事に思っとる。こんな婆にもな。感情の揺らぎはあっても、芯から冷徹にはならん」
「……」
「婆言うな!」
「喧しいわ。黙っとれ。婆は婆じゃ。糞婆」
柔らかい表情から吐き出される言葉は意外にも辛辣で、真緒梨は里沙と顔を見合わせる。
お互いの、口は悪くともこのどこか砕けたやり取り。その視線に気付いたのか。
「ほ、ほ、この婆とは昔からの付き合いでの、若いころにはこの婆から恋文までもらった仲よ。昔はもちっと可愛らしかったに、今ではその欠片もあらへん」
「関係あらへんやろ!」
心底焦ったような祖母が絶叫した。
祖父はと見ると、先程までの勢いは何処へやら、黙って青くなっている。この3人の間で何かあったのだろうか?
「座主様」
話が逸れたことを咎めるように、慈晏が声を掛けた。老僧の咳払いが聞こえる。
老僧が、ひとりひとりと視線を重ねた。その視線ひとつで、思わず居住まいを正す。視線にも力があった。
「嬢ちゃんはこれを持っとりゃ。話しとって邪気が寄ってきたらあかんでの」
真緒梨が渡されたのは、複雑な紋様が描かれたお札。
「邪気避けの護符や」
「ありがとうございます」
真緒梨は護符を胸に抱き締めた。それを見て、老僧がひとつ頷く。
「少し、昔話をしようかの」
老僧の声が低く響いた──
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