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未明の空に、小さな産声が響いた。
小さな小さな産声は頼りなく、雨空に吸い込まれてしまいそうなほど、か細いものだった。
「産まれたで」
身体を引き裂かれる痛みを乗り越えたヤエに届いたその言葉は、出産の終わりを意味していた。
終わった──
「貞丞呼んできや。水瀬家の跡取りや」
産婆が姑に指示する。無事に産み落とした感動は、どちらかというと薄かった。それよりもこれが終わったという安堵が大きい。
ヤエの放心した瞳に写った我が子は、何故か小さかった。
ヤエの希望の光。これからのヤエの幸せの源。この子が居れば、もう軽んじられることはない。水瀬家の次の世代を、我が身で産み出したのだ。私は母になり、水瀬家の一員となったのだ!
けれど、あんなに大きく腹が膨れていたのに……小さい。
何故……と、チラリと疑問が浮かんだが、それは腹と下肢の痛みにかき消された。後産だ、と思ったヤエは、また綱を握って力を入れた。
けれど……
ヤエの様子に気付いた産婆が、ヤエの下腹に手を添える。
どんどん強くなる痛み──
違う。違う! これは後産ではない!
ヤエは自身の異常に青冷める。産婆もすぐに気が付いた。
「……あんた、まさか」
再び、始まる出産──
腹の中には、もうひとり居た。
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