第4章 祟るもの

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「さて」  その一声で、老僧の纏う空気が変わった。 「今現在、高気寺にて社を構え、祈りを続けておる。アサの霊魂を鎮めんことには纏わり憑いたもんも大人しゅうならん。けどもの」  老僧は真緒梨をじっと見つめる。 「そろそろの、限界や。いよいよ悪霊然とした風体となってきとる。このままではまた昔に逆戻りや。水瀬家の子どもらが居らんからの。どうにも淋しゅうて四方八方に手ぇ伸ばして引き摺り込もうとしとる」  その告げられた言葉の重みに、真緒梨は全身の肌が粟立った。  淋し過ぎて、がむしゃらに手を伸ばしている。その結果が恐らく、今回の3人が亡くなった()()だ。水瀬家の人間の気配を追って、真緒梨の義弟(一番年若の子ども)に狙いをつけた。  しかしそれを老僧は心の中に埋めた。これは口にすべきではない。口にする必要のない傷付く現実だ。 「成仏させるということですか?」  真緒梨のその問いに、老僧は少し眉を寄せた。 「何とか成仏させてやりたい。そう思っとる。けどもの、時間が経ち過ぎとるんや。時間が掛かり過ぎた霊魂いうのは悪霊や。悪霊になってまうと徐霊するしかのうなる。憑いとるもんから無理矢理剥がして、強制的に排除させるんや。死者が生者に干渉するは摂理に逆らう大罪やでな。魂の消滅や」  転生も何もない、消滅── 「アサの苦しみ、恨みを清め、逝くべき道を教えてやりたい……そう思ってきたがの」  哀しみの色を瞳に称えて──僅かに目を伏せる。 「限界や。このままではアサに引き摺られ取り込まれた子どもらも全くもって救われん」  その言葉の重み。死者の尊厳を保ち、礼を尽くして供養をする。しかし、あくまでも優先されるべきは生者であって、死者ではない。 「あの……」  真緒梨は躊躇いながらも口を開く。 「アサが居るっていうお社……お参りした方がいいんですか?」  何かしないといけないと思いながらも、何をすればいいのか判らない。僅かでも何か解決の糸口になるのなら……そんな思い。真緒梨の問い掛けに、しかし老僧は首を降った。 「止めとくがええな。社に(まつ)ってはおるがの、アサが居りたがる場所はこの家や。この家でないと成仏出来んのかもしれん」  老僧は小さく息を吐く。 「成仏出来たとして、アサの逝く先は険しい道や。どんな事情があったにしても、アサが殺した子どもは数知れずや。赦されることではない」 「……」 「儂らのご先祖様からの願いや……宿願といってもいいほどのの。けどもの、もう悠長なことは言っとられん」  繰り返された罪業──赦されざる罪。  狭間に揺れる幼き魂。  真緒梨の閉じた瞳から一筋の涙が零れた。
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