第4章 祟るもの

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「伯母さんは昔から感じてたの? 霊感っていえばいいのかな……そういうのがあるの?」 「そんなんじゃないわよ。ただ何か変な感じがするだけだったし。この家でだけね」  何かを思案しているのか、弥生伯母は箸を置いた。 「でも霊感っていうと何か(あや)しげだけど、神仏の助けって言われると妙に納得出来るわ。見守ってくれてる感じがある。やっぱり身近なのかしらね」  老僧は決して霊感、霊能力とは言わなかった。意識を高く持ち、神仏の助けを借りている、と。そこにはやはり、目には見えないが大切な存在があるのかもしれない。  神仏を身近に感じられるのは、折に触れ日本には八百万(やおよろず)の神々が居るという昔からの神話。  それは宗教というほど大々的なものではなく、ごく自然に幼いころから染み付いてきた良き風習。 「……成仏させるって言ってましたけど、難しいことなんですね」  里沙も重い口調で口を開く。 「そうね。あんな話を聞いたあとじゃ、気分的にもね……」  アサも好き好んで祟っているわけでも、彷徨(さまよ)っているわけでもない。  哀しみの記憶。  魂に刻まれた傷が忘れられなくて、昇華出来なくて、逝く道を見失っている。けれど優先されるべきは、今生きている者。  母と食卓を囲む、当たり前の光景。アサは、こんな時間を持つこともなかったんだ…… 「アサは、本当に可哀想だと思うわ。だけどもうどうしようもないのよ。水瀬家の子どもたちが避難するようになって永い時間が経つわ。ただでさえ色んな霊が集まってるのに、淋しくて堪らない状態だっていうんだから、相当ヤバイのよ」 「やっぱりそれって、アサが……殺してたってことなんだよね」  真緒梨は自分の人生の中で「殺す」という単語を口にする日が来ようとは思わなかった。 「狙いを定めて、取り憑いて、引き摺り込んで……遊んでた、んじゃないかな」  弥生伯母が言いにくそうに話すのは、目の前に座る姪がその標的にされているからだろう。  真緒梨は霊的世界のことは何も知らない、判らない。だが、弥生伯母の言葉には疑うことなく納得出来る。  一度精神を持って逝かれそうになったのだ。あのまま引き摺られ、取り込まれ……真緒梨の霊魂全てが摩耗するまで振り回され──  そして、癒しも、来世も、何もかもがどす黒く穢れた闇に呑み込まれる。  容易に想像出来るその未来に、ゾクリと震えが走る。真緒梨の足元には、黒々としたおぞましい穴がぽっかりと開いていた。 「マオ……」  母が娘の手を握る。この手の温もり。それを脅かされる日が来ようとは思いもしなかった。  怖い思いはしたくない。逃げられるものなら即座に逃げ出したい。  けれど自らの未来のために、今、立ち向かうしかなかった。
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