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第5章 引き摺られたもの
夕闇が漂う逢魔が時──……
徐々に闇が濃厚さを増し、肌に棘を刺すようなザワザワとしたものが大気を染める。
真緒梨には何の力もない。けれど自分を取り巻く空気が変わる……変わるのが判る。
昼間の暖かい世界から、冷たい悪意を孕む異質な世界になりつつあるのを肌で感じていた。腐った臭いを振り撒きながら、周囲を巻き込み近付いてくる。
慈晏によると、昨日の集まっていた雜霊雜鬼達は祓ったと言う。となると今真緒梨に近付いているものは、また新しく依り集まって来たものということ……
それだけの吸引力がアサにはある。つまりはそれだけの魔障の力。
「真緒梨さん」
慈晏が真緒梨と向かい合う。
「お気付きかと思いますが、アサが来ます」
「……はい」
自身で感じていても、それを慈晏から聞かされると恐ろしさが伴う。
「障りは祓います。斬ってでもアサは送らねばなりません」
「……」
その斬るというのは、アサを地獄に送ってでも、という意味が含まれているのだろう。
優先されるべきは生者──
もちろん、真緒梨も自らの生を諦めるつもりはない。ただ、ヤエやアサのことを思うと……哀しみや、やり場のない怒りを覚える。
時間的にも能力的にも、今更アサに何かしてやれることはない。けれど心の中で、アサのために哀しみを感じていることくらいは許されるだろう──
「真緒梨さん。必ず祓います。私を信用してくれますか」
慈晏のその力強い言葉に、震える声で答える。
「お願いします。全てお任せします」
頼れるのは、この人しか居ない。
慈晏は真緒梨の両手を取り、自身の手で包み込んだ。その暖かさを真緒梨は胸に刻む。
頼れるのは、この人だけ──この、暖かさだけ。決して忘れてはいけない。
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