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綺麗だね…
そう言って彼女は儚く笑った。
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長州に、全く新しい学問を教える私塾があることを耳にしたのは、僕がまだ15の時だった。
男と生まれたからには、この国の為に尽力することが使命なのだと常日頃思っていた。しかし、僕は小さい頃から特に秀でたものを持ってはいなかった。ただ文机に向かって筆を動かす学問は酷く退屈であったし、竹刀や木刀を握れば、大抵はあちこち傷だらけになった。
そんな今の僕に必要なことは、此処とは違う場所で、全く新しいことを学ぶことの様な気がした。長男でもない僕が、此処で成し得ることなど、きっと他の誰にだってそうすることが出来るだろう。
僕は。僕にしか成し得ることが出来ないことを探しに行こう。そう決意して、生まれ育った土佐から脱藩した。
長州への道のりは想像していたよりもずっと気楽なものだった。脱藩と言えば、家族にまで及ぶほどの大罪だ。あっという間に追っ手に捕まってしまうかもしれない。そう思っていた僕にとって、それは少し拍子抜けしてしまう程に静かなものだった。
獣道と変わらない程度に整備されている山道で、ただひたすらに両の足を動かしながら、少しずつ移り変わる景色を眺めた。夜更け。漆黒の空でちらちらと輝く星を見て、こんな小さな存在の僕があがいたとして、一体何になるのだと思ったりもした。
今、目の前にあるこの現実などそれ程大したものではないのだ。僕はもっと先を見据えていた。もっと、もっと、先の未来を……。
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