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「ないわけがあるか」
「ないものはないんだ、疑うなら見てみろよ」
男は手慣れた様子でレジを開け、数歩後ろに下がった。訝りながら、僕はそれを覗きこむ。
空っぽだった。
男はゆうゆうと隣のレジに移動して、そちらも手慣れた様子で開けてみせる。
再び数歩下がり、こちらを向いて肩をすくめた。どうぞご確認を、と言わんばかりだ。
やはり空っぽだ。ふたつあるレジの、そのどちらにも、一円たりとも入っていない。
は、とも、ふ、ともつかない落胆の声が漏れる。
職を失い、途方に暮れ、今日明日の生活にも困り、どうしようもなくなっていた。
胃がきりきりするくらいには、自分の中にある色々なものを消耗させて、先の台詞を絞り出したというのに。
そうですか。それじゃあお暇します。とは言えない。勢い任せというのか、既に引っ込みがつかなくなっていた。
金はどこに消えたんだ、と叫ぶ。
「あんたは三人目だ」
返答は、ますます意味不明だった。
まあそうだよな、とむしろ男の方が納得した顔になる。
「一人目にはこっちの、二人目にはそっちの金をくれてやろうとしたんだが、開けてびっくりだ」
最初から金はなかった。
言いながら、男が顎でレジを順番に指し示す。
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