棺桶いっぱいの金木犀

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 エンディングノート――  その存在については、俺もよく知っている。  いわゆる遺言書とは、少し違う。 『人生の幕引きの為の設計図』とでも言った方がいいだろうか。  生きている間に、これまでの人生を振り返ったり、身辺整理をしておいたり、葬儀のプランや死後の事について、遺族に全て任せるのではなく、自分自身で前もって計画を立てておく為のものだ。  しかしこのエンディングノート、一見前向きで素晴らしい物のように感じるが、厄介な点もあると俺は思う。  死について想う時、過剰にセンチメンタルになり、ロマンチシズムに酔ってしまうのが人の(さが)というものだ。  中には、例えば「葬式の祭壇に使う花は全部青いバラにしてくれ」だとか「俺の骨はエアーズロックにばら撒いてくれ」だとか、ロマンチックな計画を書く人もいるだろう。  青いバラが一本いくらで、祭壇を埋め尽くすのにそれが何百本必要なのか、誰が骨壷を抱えてエアーズロックまで足を運ぶのか、そんな現実的な問題には目もくれずに。  ……そう、俺の母のように単なる思いつきで、一週間ほどで散ってしまうような花で棺桶をいっぱいにしろと、無理難題を言ってみたり。
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