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第14話 改心
「姫様!今日もお加減が優れないのですか?」
朝顔は布団にくるまる梨姫にそう聞いた。
「…あぁ」
梨姫はそう静かに返事をした。
(部屋の外なんか絶対に出たくない。一歩でも外に出れば蘭丸殿に出くわしてしまうかもしれない…)
といっても蘭丸は自分の部屋にいつもこもっていて他の所に行くにしても愛姫の部屋にしか行かないからこっちから行かない限り蘭丸とこの屋敷で鉢合わせになることは滅多になかった。
(それでも私は外になんか出たくない…起き上がりたくない…たとえあの人に会わなくてもあの人は同じ屋根の下で同じように息をしながら生きている…それだけで私は胸がときめいて落ち着かなくなる…でも私があの人を好いていることは他の人に気づかれてはいけない…それどころか自分の気持ちを押し殺さなくてはならない…そんなこと、今の私には…)
梨姫は両腕を交差させ自分自身の体を抱きしめた。そのとき手はぷるぷると震えていた。
梨姫はあの日現実を突きつけられて以来、一日中寝たきりになることが多くなっていた。梨姫自身、今の自分の気持ちを上手く言葉で表現できなかった。ただ蘭丸との一件で自分の都合よく物事は動いていかないことを実感しそんなことも知らずに軽率な行動をとってしまった自分にがっかりするとともに思い通りに生きられない世の中が急に怖くなった。
(もう何も考えたくない…)
そう思いながら梨姫は目を閉じた。
どれくらい時間がたっただろうか…
「…うえ!…えうえ!義姉上!」
どこからか声が聞こえた。梨姫はゆっくりと目を開けた。
「義姉上!よかった!生きてた!」
梨姫が目を覚ますと香姫が抱きついてきた。梨姫はそのとき仰向けで寝ていてその上に香姫の体重がかかってきたので息苦しくなった。
「く、苦しい…」
「あぁ、申し訳ありません」
苦し紛れに出した梨姫の声に気づいた香姫はすぐに梨姫から離れた。
「体は大丈夫ですか?最近、義姉上が元気ないと聞いて…」
起き上がる梨姫の背中を支えながら香姫が言った。香姫は今にも泣き出しそうな顔をしていてどうやら心の底から梨姫を心配しているようだった。
「あぁ。大丈夫だ…」
この屋敷では比較的仲の良い義理の妹の存在に梨姫はなんとなくほっとした。
「一体、どこがお悪いのですか?頭?胸?それとも風邪とか?」
香姫はどこか慌てた様子で梨姫の顔をのぞきこむようにしてそう聞いてきた。
「…いや、そうではないの…」
本気で梨姫を心配してくれる香姫を見て、梨姫はなんとなく罪悪感を覚えた。
「どうしました?何かあったのですか?」
梨姫のどんよりとした暗い様子を見て香姫はますます梨姫を心配に思った。
「いや…なんでもない…」
まさか香姫に本当のことを話す訳にもいかない。そう思ってはいたものの梨姫は自分の感情を殺せずにいた。
「うそです!そんな辛そうな顔をして…」
香姫は梨姫の肩をつかんで顔をのぞきこんだ。
(香姫は私のことを本気で心配してくれている…鶴長様は冷たいし、この家は規則ばかりでずっと疎ましいところだと思っていたけど、私を思ってくれる人がいたのね…)
梨姫の目から気づいたら涙が出ていた。
「…私って立派な奥方になれると思うか?」
涙が出た後は自然とこんな言葉が出た。
「…」
香姫は梨姫が突然予期しなかった言葉を言うのでしばらくきょとんとしていた。
「そんなことを悩んでいたのですか?」
相槌を打つ代わりに梨姫の目からは止めどなく涙があふれていた。
「私は自分勝手で向こうみずなところがあって…でもそれはよく人から言われるからわかってはいるけど、でも自分の性格は直そうと思えば直せる部分もあるけど、直せない部分もある…私のそういう身勝手なところは意識してなくてもすぐに出てしまって…だから私みたいな性格の人は誰かの奥方なんか向いてないのではないかって…そう思って…」
このように梨姫が泣きながら話している間も香姫はうんうんと頷きながら聞いていた。
「まぁ!義姉上ったらそんな悩むことないのに!そんなこと言ったら兄上も母上も父上もみんな自分勝手で欠点だらけですよ。」
「え…」
「だってそうでしょ?兄上は我儘で愛想が悪いし、鶴重の兄上は頼りないし、父上はもっと…母上は口うるさいし…少なくとも私以外、家族全員、欠点がたくさんありますよ。」
香姫はなぜか得意そうに言った。
「まぁ…我慢しなければいけないこともたくさんあるけど、完璧な人間などこの世にはいないし、だから無理して完璧でいる必要はないのです。それに義姉上はさっき自分のことを身勝手だとか言っていたけど、義姉上の裏表がない性格はとても素敵だと思うし…まぁ、とりあえず肩肘張ってないでもっと気楽に頑張ってみるといいとおもいますよ。」
そう言って香姫は梨姫の両手を握りしめた。
「もっと気楽に…?」
「はい。もっと楽になって頑張る方がいいですよ。義姉上…これからは何かあっても一人で抱え込まないでくださいね。私は義姉上の味方だからいつでも力になります」
香姫は微笑みながらそう言った。その笑顔は決して偽りではなく香姫が本気で梨姫を慕っていることが見てとれた。しかし実際は不純ともいえることがきっかけで悩んでいたので梨姫はそんな香姫に対して少し申し訳なく感じた。
(…香姫は私を大切に思ってくれている…身近にはこんな良い人がいたのに私はいつも文句ばかり言って自分勝手な行動をしてばかり…)
「…もう少し若様にも向き合ってみようかな…」
香姫が去った後、梨姫はこう呟いた。
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