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第17話 別れそして出会い
梨姫が嫁いできて一年がたとうとしていた。
「元服?蘭丸が?」
百合姫が言った。
「あぁ。いくら訳あって元服を先延ばしにしていたとはいえ、蘭丸も15だ。そろそろ良いであろう…」
徹長が言った。
「元服したら…あの子をどうするのです?」
「分家の森山の家に養子に出す。あそこの家には春姫という娘がいて、その婿にしようとおもっている。」
「でも、蘭丸は相変わらずあの様子だし…養子なんかに出して…私、とても心配です」
「分家ならいざというとき手助けできるし、当主の良永も家督を譲るだけでまだまだ健在だ。それに娘の春姫はまだ幼な子で同年代の姫よりもきっと蘭丸も気が楽になるであろう。」
蘭丸が元服して分家の養子になる。その話はすぐに梨姫にも伝えられた。
「…そう。蘭丸殿が…」
不思議と悲しくはなかった。むしろ蘭丸が無事に元服して立派な殿方になることを嬉しく思っていた。
(…どうかあの方の人生に幸がありますように)
梨姫はそう心の中で静かに願った。
梨姫は気分転換に庭に出てみた。庭には随分前に梨姫が植えさせた富貴蘭が水々しい水苔の上に淡い色をしながら見事に咲いていた。ふっと向こうの方を見るとこの富貴蘭がよく似合う1人の少年がいた。
(蘭丸殿…)
蘭丸も向こうの方で数人の侍女と一緒にいた。蘭丸は梨姫に気づいた。梨姫は目が合うとドキッとして慌てて会釈をした。すると蘭丸も梨姫に対して頭を静かに下げ、そのまま部屋の中へと戻っていった。
(…これでいいのだ。あの方も私もお互いに進むべき道を進むだけなのだ。)
梨姫そう思いながら日の光のもとで凛とした佇まいで咲く花を黙って見ていた。
それから一月ほどがたって蘭丸は元服をして名を鶴光と改めた。
「蘭丸…いえ、鶴光。本当に立派になって…」
元服した鶴光を見て愛姫は涙ぐんでいた。
「…母上。その…今までありがとうございました。」
鶴光は静かな声でそう言った。
「…それにしても最近のお前はとても穏やかね。何か良いことでもあったのか?」
「…いえ」
そのとき愛姫は鶴光を愛しそうに見ながら表情を真剣なものにした。
「…お前にいつか話そうと思っていたのだけれど、実はお前の蘭丸という名前は私の弟、つまりお前の叔父上にあやかって付けたのだ。私の年子の弟だった蘭丸は私によく懐くとても良い子だった。私の兄弟は全部で10人ぐらいはいたけど、みんな体が弱くて幼いときに亡くなって…私にとって人の死はとても身近なものだった。それでも私が強くいれたのは弟の蘭丸がいたからだった…でも結局蘭丸もあんなに元気であったのに突然病に倒れて他の兄弟と同じように死んでしまった…あの子は最後まで『生きたい。死にたくない』って言っていた。」
愛姫は鶴光の頭を撫でた。
「だからお前が生まれた時に蘭丸と付けたのだ。蘭丸がもう一度生きられるように…生きたかった命をまたもう一度取り戻せるように…」
愛姫はそのとき鶴光を優しく抱きしめ
「…何があっても生きてくれ。お前が無事に生きていてくれないと私は弟も息子も守れなかったことになる…」
と言いながらすすり泣いた。
「…母上。安心してください。私は生きています。母上からもらった命を私は決して無駄には致しません。」
鶴光は愛姫の耳元でそっとつぶやいた。
それから間もなく鶴光は金崎藩の国元へと旅だっていった。それがちょうど夏の終わりのことだった。一方、金崎藩の国元ではある親子が鶴光とは入れ替わりで江戸へ向かっていた。
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