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第2話 梨姫
岩城徹長の正室、百合姫の実家は、譜代大名である桜春(おうしゅん)藩葵山(あおいやま)家であった。桜春藩は、その名の通り、春になると見事な桜を咲かせ、山々と自然に囲まれた土地であった。藩主、葵山清元(あおいやまきよもと)は非常に博識で日本の古典や蘭学にも精通していたし、芸術面にも詳しかった。また、類稀な名君で領民にも慕われていた。清元は正室を早くに亡くし、それ以来妻は娶っていないが、多数の側室と10人以上の子供がいた。また清元は堅苦しい作法を嫌い、参勤交代で江戸に置かなければならない嫡男以外の子供達や側室には国元でのびのびと自由に生活をさせた。それ故に側室達や子供達は他の武家では考えられないくらいに仲が良かった。
清元の末娘に梨姫という今年12になる娘がいた。容姿は、まるで白い梨の花のように愛らしく、明るく無邪気で茶目っ気があった。それ故に人から好かれやすかった。
今日はみんなで城の裏山に遊びに来ていた。
「みてみて!春だから桜がいっぱいある!姉上、ほら!」
梨姫は無邪気に笑いながら姉の芳姫(ほうひめ)
に向かって手に届いた桜の咲いている枝を揺すった。
「もう梨ったら。」
そう言いながら芳姫は笑っていた。
「梨は不思議じゃのう…一緒にいると心が不思議と和んでしまう。」
芳姫は微笑みながらそう呟いた。
「梨!姉上が困っているのがわからないの?」
そう横から口を挟んできたのは、梨姫の年子の姉、雪姫であった。
「申し訳ありません…」
梨はしょんぼりしていた。
「お前は本当にやんちゃでどうしようもない出来損ないで…」
雪姫は梨姫を睨みつけた。
「雪!それはいい過ぎだ。私は迷惑などと思っていない。」
芳姫は雪姫にいった。
「出来損ないなのは本当でしょう?この者は作法もまともに出来なくて父上が困ってます。」
雪姫は反論した。
「でも、努力はしています。」
梨姫はいい返した。
「お前が言うほど出来ていないわけではないでしょう。ただ少し落ち着きがないくらいで。でも梨はこの通り、最近はますます愛らしくなって…」
芳姫は梨をかばうつもりで言ったが雪姫は
「私の方が出来ています!」
そう言い捨てて向こうへ行ってしまった。
「全く、いつまで妹に茶々をいれれば気が済むのか…」
芳姫はため息をついた。雪姫は非常に美しく、作法も完璧で申し分ない姫君だったが、梨姫には顔を合わせるたびに恨み言ばかり言っていた。おそらく何もせずとも人から好かれてしまう梨姫に嫉妬していたのだろう。しかし梨姫は雪姫に嫌味を言われても決して姉を恨めしく思わなかった。逆に姉といつか仲良く出来たらいいのにと思っていた。
所変わって城では、清元が家老と話をしていた。
「岩城殿は、すぐにでも雪に嫁いできてほしいと言ってきている。」
実は雪姫は岩城徹長の長男、岩城鶴長(つるなが)と婚約をしていた。
「鶴長殿が気難しくて無愛想なのは有名な話だろ?女にも全く興味を示さないし。たしか噂によると早く妻を迎えることで少しは鶴長殿の性格も改善されるのではないかと思って先方は婚姻を急いでいるとか」
と清元は冗談として鶴長に関する噂話を家老に話した。
「しかし、妻を迎えたぐらいで性格がそう簡単に変えられますかね。」
家老は苦笑いしながらそう言った。
「まぁ、相手がどうであれ雪ならばきっと大丈夫だろう」
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