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第3話 結婚話
「え?姉上が嫁に?」
梨姫は驚いてそう言った。
「そうだ。雪の婚儀は今年中に行われると聞いた。」
そう言ったのは清元の側室で雪姫の母、梨姫にとっては養母にあたる麻であった。
「でも随分急ですね」
「雪と鶴長殿は、幼い頃からの許嫁だし、あちらはもう元服が済んでそろそろ身を固める必要があるのだろう…」
(雪姉上が…じゃあ、あと少ししか一緒にいれないのね…。)
「そうだ、まだ姉妹の中でお前だけ嫁ぎ先が決まってなかったな。」
「あぁ!たしかに、そうですね。」
「殿は末娘のお前を大変可愛がっているし、きっと手放したくないのだろう…。」
「じゃあ、私、ここにいたいです。ずっと父上やお麻様のそばにいたいです。」
梨姫は笑顔でそう言った。
「それはならぬ。武家の娘たる者、ちゃんと嫁にいかないと。まぁ、殿はお前を嫁に出すなら、できれば分家にしておきたいみたいだ。」
「そうなのですか?」
「殿はお前の身を案じているのだ。お前は元気すぎるし、よそじゃ迷惑をかけるだろうって。」
「えぇ!それはないですよ。」
「…それに藤殿だってもしお前が遠くに嫁いだら寂しく思うだろう…」
藤というのは、梨姫の実の母親だ。彼女は元々城の下女で、清元に見初められ、側室となり梨姫を生むが、その直後に疱瘡にかかり、失明してしまった。それ故に奥での生活が困難になり、今は藩の別邸で暮らしている。以来、麻が梨姫の母親がわりとなっている。また、麻というのは、清元の側室だが、奥における権力者であった。多数いる清元の子供の半分以上は彼女が生んだ子である。ちなみに権力者といっても和気あいあいとした葵山家の奥なので、麻はみんなの頼れる母親的存在であった。
(雪姉上が嫁がれる…そして私もいつか…)
梨姫はぼんやりと遠い未来について考えるようになった。
(将来嫁ぐなら優しくて賢くて、美丈夫な人がいい!あ、でも顔よりもやっぱり中身よね。)
「梨!ここにおったのか。」
ある日、雪姫は庭の石に座っている梨姫を見つけると梨姫の近くに寄ってきた。
「雪姉上!」
「お前、聞いたか?私の縁談が決まったこと。」
雪姫は得意そうに言った。
「はい!聞きました!おめでとうございます!」
「岩城鶴長様は、無愛想で有名な方だが、なかなか聡明で美男子と聞く。良き縁談だと私は思っているぞ。」
「そうですか…。」
「お前ともそろそろお別れじゃ。愚かな妹だが、もう会えなくなると思うとやはり寂しくなるな。」
「はい…」
「まっ、お前もせいぜいちゃんと女を磨くのだぞ。」
雪姫は小馬鹿にしたように言った。そしてそのまま立ち去って行った。
(姉上、どうか幸せになって下さい…)
梨姫は本気でそう思った。
それから雪姫の婚礼に向けて準備が始まった。もちろん、雪姫のことだから花嫁修行も完璧に出来ていた。梨姫は、頑張る姉を見て、結局自分は姉と親しくなれないまま終わるのか…などと考えていた。
(実の姉上なのに…どうして昔からすれ違ってばかりいるのだろう…)
梨姫はどこか悲しく心の中でそう思った。
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