第4話 破局

1/1
前へ
/29ページ
次へ

第4話 破局

雪姫が婚儀を挙げるまであと1ヶ月となった。そう、婚儀まであともう少しだったのだ… 「きゃあああっ」 雪姫付きの侍女が叫んだ。雪姫が突然倒れてしまったのだ。雪姫は突然の高熱に襲われた。熱はいつまでたっても下がらず、数日たって医師はこう告げた。 「姫様は麻疹です。」 清元と麻はぞっとした。当時、麻疹は子供の命を奪う天敵だった。 「この子は、婚儀を控えているのだ!どうか治してくれ!」 麻は医師すがりついた。 「…」 「なんで黙っているのだ?」 「この病気は非常に治療が難しいのです…ですから…その…」 「雪は助からないというのか⁉︎」 「いえ…そんな…最善は尽くすつもりです…」 (わかっている。この者を責めてもどうしようもないことくらい。) 麻はぜぇぜぇと苦しむ我が子を見て泣き崩れた。  雪姫が病気になったことは梨姫にも伝えられた。清元は家老と話をした。 「とりあえず婚儀は延期した。しかし、雪に万が一のことがあれば…」 「そのときは、梨姫様が代役となるしかありません。」 家老は静かにそう言った。 「それはならぬ!」 家老の言葉に清元は反論した。 「雪は良いのだ。あやつは少しひねくれた所はあっても礼儀作法は完璧だし、きっと良い奥方を演じるはずだ。しかし、梨は違う。」 「といいますと?」 「梨は素直すぎる。年齢の割にはしゃぎ過ぎるし、それにあの鶴長殿とうまくいくとはとても…」 「この際、相性や性格などはどうでもいいことです。それに鶴長様があぁなったのは全部あの騒動が原因だという噂も…」 「…」 「申し訳ありません。とにかく先方は鶴長様の正室を早くにと求めています。もう雪姫様の代役を送るしかないかと…」 「待て。雪にはまだ回復する可能性も…とにかく様子をみるか…」 何日たっても雪姫に回復の兆しが見えなかった。それどころかただただ日に日に弱っていくだけだった。 「可哀想な子…私が変わってあげたいものだ。」 麻もまた日に日に心がくじけていった。 「母上様、気を確かに。」 「麻様…大丈夫。雪はなおりますよ。」 雪姫と梨姫の姉、芳姫と和姫が必死に麻を慰めていた。 「麻様!見てみて!」 梨姫は自分の袿を使ってくるっと踊ってみた。 なぜそんなことをするのかというと、梨姫は雪姫のことで落ち込んでる家族を励まそうと思ったからだった。 「どう?私の舞、きれいでしょ⁉︎」 「梨、こんなときにそんな…」 和姫は眉をひそめて言った。 「ふふ…相変わらずそなたは面白い…」 麻は踊っている梨姫を見て軽く微笑んだ。 「梨、そなたはずっと無邪気なままでいてくれ…」 梨姫の意図を悟った麻は梨姫を抱きしめると静かにそう言った。しかし、梨姫にはなぜ麻がそのような言動をとったかがわからなかった。  結局雪姫は相変わらず病状が重いままだった。清元は梨姫を呼び寄せた。 「梨、お前は雪の代わりに嫁ぐのじゃ…」 「え…」 梨姫は驚いた。 「先方は、そなたでもいいと言っている…」 「雪姉上は生きています!なのにどうして…」 「もう決まったことだ。」 清元はそう言ってため息をついた。 「殿!どうしてそんな急に」 麻は取り乱した。 「雪は生きてます!きっとなおります!それをどうして…」 麻は泣き崩れた。 「雪ほどではないとはいえお前もある程度の礼儀作法は身につけているはずだ。とにかく準備をしておけ。」 清元はそのまま立ち去った。梨姫はどうしていいかわからなかった。ただなんとなく雪に会うべきだと思った。なんだかまるで自分が姉の縁談を横取りしているように思えたからだった。 (姉上に謝るべきだ。そして励ましてあげないと…) 梨姫はそのまま雪姫の部屋に向かった。 「なりません!うつったら大変ですので…」 雪姫の侍女は姉と面会しようとする梨姫を立ち止まらせた。 「御簾ごしならいいだろう?お願い!姉上と話をさせて。」 必死な説得で梨姫は雪姫と会うことになった。 「姉上!梨です!」 御簾ごしに梨姫は雪姫に話しかけた。 「梨?何の用じゃ…けほっ」 「姉上、どうかお体をお大事に。絶対なおりますから!」 「治る?」 雪姫はそう切り出した。 「そなたが私の良縁を横取りしたことくらいわかっておる!」 雪姫は吐き捨てるようにしてそう言った。 「横取り?そんな違います!姉上、姉上はもっといい縁に巡り合えます!だから…」 梨姫は思いがけない反応をした雪姫を必死になだめようとした。 「お前さえいなければ良かったのだ!お前さえいなければ!そしたら私も幸せになれた!お前のせいだ!私ではなくお前が病になって死んでしまえば良かったんだ!」 雪姫は上半身を起こしてそう叫んだ。あまりにも大きな声を出し過ぎたので雪姫はすぐにその場に倒れた。 「梨姫様…もうそろそろ…」 梨姫は泣きそうになりながらその場を後にした。 (ごめんなさい…姉上、私を許してください…) 梨姫は必死に涙をこらえていた。  その2日後、雪姫は息を引き取った。13歳の早すぎる死だった。こうして梨姫が代わりに嫁ぐことが正式に決まった。しかし、梨姫は雪姫の最後の言葉が頭から離れなかった。雪姫が自分に悪態をついていた理由…きっと全部自分が悪いんだ…自分が何もかも… この時にできた梨姫の心の傷はこの後一生消えることはなかったのだった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加