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「はああ」
結局、今日も一日酷い有様だ。
仁奈さんは受験生で、本当なら僕と会ってる時間なんてないはずなのに、こうして学校のある日は必ず一緒に帰ってくれている。なのに貴重な時間をもらって僕がしてるのはなんだ。悪態とぶっきらぼうな返事ばかりじゃないか。
「疲れた?」
「いえ、自己嫌悪なんでお気になさらず」
仁奈さんを送ってる途中にしなくてもいいだろ。もうすぐ家着くんだぞ、もっと他にあるだろ時と場合を考えろよ。
ああほら、見えてきちゃったじゃないか。せめて隣に仁奈さんがいる幸福をかみしめろよ。というか言葉にできないなら行動に移すとかできないのかよ。
手を、繋ぐとかさ。
じっと仁奈さんの手を見ていると、視界に仁奈さんがずいっと入ってくる。反射的に顔をおもいっきり逸らしてしまう。最悪の反応だ。
なにがおもしろかったのか、仁奈さんは声を殺して笑ってる。隣にいれば見てなくともわかる。くそ、見たい。
「渉くんの悩みをずばり当ててあげようか? 素直になれないことだろう?」
「なんのことだか」
「渉くんは充分素直だよ。だって全部表情に出てるもの」
「は? え? ウソでしょ」
「ほらね。かわいい」
「か、からかわないでください」
「それでも悩むってことは、君は言葉を素直にしたいってことなんだろうね」
ううんと仁奈さんは考え出した。ちらりと目だけで確認すると、顎に手を当てて眉間にしわ寄せて真剣に考えていた。僕のことで真剣になってくれることが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。
やがて、妙案を思いついたらしく、手を合わせて笑顔を見せた。
「素直じゃない渉くんに、素直になる魔法をかけてあげよう」
「魔法とか、あるわけないじゃないですか」
ちょうど家の前について、向き合うと途端に、柔らかい感触が優しく僕の頬を包んだ。甘い匂いがする。頭が追いつかない。
だから、何が起こったかはわかっても、感触もなに全くわからなかった。
「ほら、好きと言ってごらん? そしたらもう一度、してあげる」
オーバーヒートしてしまっている脳は、とても素直だ。
「……好きです」
「よろしい」
きっと僕と同じくらいの赤さの顔が、ゆっくりと近づいてくる。さっきはわからなかったけど、ほのかにチョコミントの味がする。
こんなの、魔法じゃない。
ただ僕が、チョロいだけだ。
チョコミントまで好きになりそうくらいに。
了
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