赤鼻

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 ある日の学校帰り、イワノリが言った。«パン屋の横に掘っ立て小屋があるじゃん。今日はあそこ、覗いてみない?»   掘っ立て小屋というと、よく川べりなどにあるのだが、それは商店街のパン屋の隣りあった。よくもこんな所にと思う。きっと、夜中にお店が閉まっている間に突貫で作ってしまったのだろう。小屋には浮浪者が住んでいるという噂だった。冒険心にくすぐられ、すぐ同意した。  小屋の正面にドアはなく、ボロ布がユラユラ揺れていた。多分、人はいると思うけれど▪▪▪やけにシーンとしていた。昼間は寝ているのかな。  勇気を出して、そーっと近づいた。ボロ布にいくつか小さい穴が開いている。その内の大きい穴に顔を近づけて中を覗いて見た。  すると穴の向こうのギョロ目とかち合った。向こうも外を見ようと覗いた所だった!  «キャー!»っと私は大声を上げて飛び退いた。すると、«だ、誰だあ!こ、この野郎!»と、怒鳴り声がして、ボロ布をかき分けて、男がびっこを引きながら出てきた。  «こらあ!俺はキリストの生まれ代わりだぞ!神を恐れぬバカ者め、逃げても無駄だ、恐ろしい天罰を下してやる!» 真っ赤な鼻をした乞食だった。  怒り狂った様子と、不潔極まりない姿にビビッて、私はイワノリに向かって叫んだ。«逃げろー!» 私たちは脱兎の如く逃げ出した。  乞食は追いかけて来なかった。しかし、乞食の剣幕と恐ろしい言葉が強く記憶に残った。かなり長い間、私たちは、乞食が私たちの家を探し出して火でもつけないかと、不安な日々を送っていた。  あれから何十年かたったある日、イワノリからメールが入った。赤鼻が死んだという。もうすっかり忘れていたが、あの時のことを思い出した。あのギョロっとした目とかち合った瞬間の驚き。  意外にも赤鼻は大金持ちだったことが分かった。小屋の中には、大画面のテレビ、冷蔵庫もあった。地下室があり、シャワーもトイレもあった。ワインセラーもあったそうだ。また、大きな古伊万里の壺が三つあり、それぞれ小銭、お札、金製品がギッシリ詰まっていた。何と三億円相当あったそうだ。衣装ケースには高級スーツもあった。あの汚ならしい格好は変装だったのだ。  事実はひょんなことから分かったらしい。ある日、高級車がガードレールを突き破って鳥追峠の崖下に転落した。運転手は老人で、アルコールが大量に検出されたが、免許証を携帯しておらず事件として調査された。その調査で、真っ赤な鼻がきっかけで芋づる式に本人が特定された。  落ちぶれた名家の子孫で、若い時は将来を期待されるほど優秀な建築家だったらしい。でも、プライドが高く、親方にもお客様にも頭が下げられず、終には職を失ってしまった。(それであの掘っ立て小屋が▪▪▪。)  私はメールを読み終わると、赤鼻からの襲撃が完全に無くなったことに大いにホッとした。それでも、あのギョロ目と怒り狂った乞食の霊魂が今でも自分を見詰めているような気がしていた。でも待って!あの赤い鼻!どこか間が抜けている。ウフフ、アハハ、アッハッハ、あの赤い鼻ったら!!    
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