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残像
「いいのかい?本当に。」
「うん。」
「じゃあ脱がすよ?全部見せて....」
「恥ずかしい......あ.....」
------------「ママ~!!!」--------------
「んえ???何?.............」
「おーーきーーーて---------!!!」
カーテンの半分開いたアパートの窓に雨がパンパンと
小気味よい音を響かせているのが耳に入った。
薄っすら目を片方開くと子供達が美穂の下着を引っ張り、
脱がそうとしている所だった。
”なんだ....夢かぁ....驚いた.....いいとこだったのに....”
子供達に昨日の残りの御飯で小さいお握りを
小さいお皿に数個握って食べさせながら保育園からの
お知らせにサッと目を通すと既に時間は迫っていた。
月曜に出し忘れた生ゴミの袋を二つ玄関前に移動し
子供達の髪型を整え、制服を着せると慌てて
家を出ようと子供達を急かした。
「ほら、行くよ!もう時間無いんだから~、早くして。」
生ゴミを手に握りしめながら今日は絶対にゴミを出す一心で
子供達を家から出そうと急かす。
「早くお靴を履いて!お姉ちゃん、もう。早く。
ちーちゃん!こっちの靴!ほら。」
「やだ~、この靴履きたくなぁ~ぃ~」
機嫌の良い日は何の問題もなく靴を履き家を出るが
一度玄関前でぐずりだすと大変だ。
玄関前が毎回鬼門なだけに何事も無いように
いつも以上に優しめの声を出すのだが今日はどうやら
玄関前で引っかかってしまった。
靴を履くように諭すが聞き入れない。
「ながぐちゅ履きた~い」
「ダメ!穴が開いてるでしょ!」
去年の誕生日に祖父から買ってもらった雨靴が大好きで
晴れていてもお構いなしで履き続けた結果
随分と汚れて所々朽ちて小さな穴が開いていた。
「わかったから!長靴でいいかた早く履きなさい!」
急に長靴を履く許可が下りた次女はさっきまでと
全く逆の笑顔になると御機嫌で長靴に足を押し込んだ。
(買い換えようとしていた矢先だったのに、、、)
保育園までの運転中、雨が激しくなり、
保育園に着いた頃にはどしゃぶりになっていた。
2人の子供は中々車から降りようとせず、
またいつものように保育園に行きたくないとダダをこね始める。
「保育園行きたくなあ~ぃ。ママと居たい~ぃ!」
ああでもない こうでもないと何とか説得して車からおろすと
穴のあいた長靴で水溜りに大胆に飛び降りバシャバシャと
交互に足を上げ下げをし周辺に泥水を撒き散らしている。
そこら中に透明と黄土色の絵の具が弾け飛んだ。
(もう.....イライラしちゃう....)
「こらっ!!やめなさい!濡れちゃうでしょ!」
身体中の血液が一気に頭に集中するのがわかった。
いつもの光景だ。激しい雨の中、
保育園入り口まで何とか辿り着くと聖子先生がお迎えをしてくれた。
子供達が目に入るや否や廊下の奥から出てくる聖子先生は
豊満な肉体を隠し切れない肌に張り付いた黄色のTシャツに
白地に水玉のエプロンで包み、弾けそうな笑顔で両手を広げている。
「せんせ〜ぃ!」
聖子先生を見つけた子供たちは一目散に駆け寄る。
「はーぃおはよう~、今日も元気ね~!」
人が変わったように先生に向かって走り込む子供達。
朝の戦争は毎日こうして繰り返されていた。
「あの、長靴に穴が開いていて、、
ダメだって言ったんですけど。聞いてくれなくて。
靴下が濡れちゃったかもです。代わりの靴下はポーチに入れてますので」
「あーら大変〜!了解しました〜。大変でしたね〜」
いつも愛想の良い聖子先生。
明るくて凄くやり易い先生だ。
最近、友人から聖子先生は不倫しているらしいと言う噂を聞いたが美穂は
聖子先生の夫が自分の同級生である事もあり全否定していた。
同級生の山下健二は聖子先生の夫で同級生。
中学まで周りが田んぼばかりの田舎で同じ時間を過ごした。
真面目な男で現在は小学校で国語の教師をしている。
近所のマンションに住んでおり頻繁に二人が仲慎ましく腕を組み
買い物から帰る姿を見ていた。仲の良い普通の夫婦だった。
健二と聖子を見ていると聖子が不倫なんて考えられなかった。
そもそも細くて美人で色気があって...といった
美穂なりの不倫をするであろうタイプの容姿を持ち合わせておらず
寧ろその逆だった。
確かに豊満で巨大な胸が歩くたびに、
園のイベントで走るたびにユサユサと大胆に揺れるものだから
女性的ではあるのだろうが、
その体型は不倫という如何わしいイメージと直結しなかった。
もしかするとこういう大きな胸と肉体と可愛らしいタイプの顔は
そういう性癖の人にはたまらないものなのか.....
勝手に頭の中で想像している自分が急に恥ずかしくなり我に返った。
美穂は努めて明るい表情をつくると聖子先生に靴下のお願いをし
再び激しく降り出した雨の中を小走りで車まで向かった。
一瞬で頭から雨を浴び、びしょ濡れのまま
子供達と離れ静かな車内に1人になると
昨夜の事が頭の中に蘇ってはフッと消えた。
車を発進させるとまた蘇り、
頭の中に映画のスクリーンがあるかのように
繰り返しリアルに映し出された。
黒光りする硬いハンドルをぎゅっと握りしめる。
( 昨日の光雄さんって本当に凄かったな... )
さっきまで子供達を送り届けるまでは母親の役目をこなし
自分の中のもう一つの扉を閉じていた美穂だったが
一人きりになると一瞬、昨夜の淀みの海に迷い込んだ。
我に帰り途中コンビニでタバコと缶コーヒーを急いで買う。
「すみません、24番を2つ」
いつもの銘柄の番号を店員に告げると25~30歳ぐらいだろうか
バンド活動でもしていそうな金髪にピアスのアイドル風の顔、
シャツのボタンを明らかに1つ多く開けている胸元。
いつもならこの類の男性には何の意識も傾けない美穂が
今日はそのシャツの無造作に開いた隙間から見えている肌の
その奥の様子を目の奥で覗き込んだ。
まるで覇気のないアルバイト店員の対応にはいつもなら
心の奥で ”早くしろ...やる気ねえならやめちまえ” 等と
何度も心の奥で唱える美穂も、頭の中で店員との
始まりから果てるまでを脳内のスクリーンに照射していた。
「あの....画面、押してもらえます?」
液晶の画面を見ているようだが焦点の合っていない美穂に
店員は面倒臭そうに声を投げた。
「んあ?あ、はい。」
タバコ購入の成人確認ボタンを押すように催促されるまで
ほんの一瞬の隙間に勝手な妄想を構築する程に
美穂の身体は何者かに支配されているようだった。
レジで会計を済ませ運転席に乗り込むまでのほんの僅かな時間
驚く程足の付け根からこみあげる熱気と身体中がまるで
微熱に覆われているような感覚によろめきながら。
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