紳士

1/1
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/15

紳士

美穂が佐川光雄と出会ったのはアルバイト先であるカフェだった。 閉店近くにフラリと入店してきた光雄を見て美穂は激しく動揺した。 今まで見た事も無いような理想の顔。 雰囲気。意識がぼやける程の。 「いらっしゃいませ」 おしぼりを出す手が熱くなり 声が1オクターブ上がったようだった 「ご注文はお決まりですか?外は寒く無かったですか?」 普段なら注文が決まれば呼んでくださいと言うところを 踏み込んでしまう美穂。心の中でたじろいでいた。 「あぁ、寒いですね。コーヒーとハムサンドで。 アルバイトですか?大変ですね」 ありきたりな対応をされたにも関わらず 美穂は紳士的なその態度に好意を抱いた。 男性に対して常に消極的であり、 常に距離を置く癖があった美穂にしてはあり得ない行動を取っていた。 「ご注文の品は以上になります。あの、 ご近所なんですか?以前お会いしましたよね?」 会ってなんかいなかった。美穂は我を忘れ、 彼とのこの1度きりであろうチャンスを何とかしなければと 話しかけた。 「うん、会いましたかね?お綺麗なんで恥ずかしいな。 近いといえば近いんだよ。ここは前から気になってたんだけどね。 こんな可愛い人がいるんだったらまた来ようかな」 震えるほどに美穂は動揺した。 幼い頃から男達には言われて来た言葉と変わらない。 しかし今日ほど自分の容姿に感謝した日は無かった。 それまでは自分の容姿が疎ましく感じる事もあったのだが。 これまで男達から何を言われても感じなかった歓びに呆然とする美穂に光雄は 「あ、大丈夫?体調悪いのかな?」 「す、すみません!ボーッとしちゃって。 来てください!本当に。また楽しみにしています!」 まるで接客になっていなかった。 アイドルのファンかのようなやり取りになってしまい 美穂は厨房に急いで戻った。顔に血液が一気に流れ、 熱くなるのを感じながら。 「すいません、お会計お願いします」 1時間程スマホをいじりながら軽食をした後に声が掛かった。 「こちらになります、有難う御座います!」 会計票を渡すと同時に光雄が声を掛けてきた。 「さっきから友人が集まりたいってね、 スマホでやり取りしてたんだけどさ、お姉さんはここで働いてるし 若いし詳しくないかな?この辺りで良い感じの居酒屋と、バー。 お酒は飲まないのかな?」 予想外の問いに満面の笑みが湧き上がった。この界隈は詳しい。 実はたまに苦しい月はスナックで日払いバイトをする事もあったからだ。
/15

最初のコメントを投稿しよう!